思いをはせるオムライス
第8話 思いをはせるオムライス(1)
今日は公休日だ。
スコオル亭の厨房では、アルヴィドとレンが仲良く並んで料理を作っていた。
「ちょっとまって、その包丁の持ち方は……あっ。そんな風に手を添えては……」
アルヴィドは慌てながらレンを指導していた。レンは食材を切っていたはずなのに、まな板に深々と包丁を突き立てていた。
レンがスコオル亭に来て三ケ月。
気配りもでき、物覚えの良いレンはすぐに仕事を覚えた。魔道具に関する知識もあって、下町では魔道具技師としても仕事をし、大いにありがたがられている。てきぱきとした仕事ぶりなのに、柔らかな口調から奥様方からの人気を集めていた。
すっかり、下町の一員になってかわいがられている。ただ、一つだけ上達しないことがあった。それが、調理である。
アルヴィドはレンの後ろに回って、包丁を握っている手を上から握る。
「ピプルのつぼみは転がりやすいからまずはこうやって安定するように半分に切るんだ。そして、薄切りにするときは指を切らないように丸めて」
トントントンと小気味のいい音が響く。
「すごい!」
レンはぱぁっと顔を明るくさせて、アルヴィドを見上げる。思ったより近い場所に真剣な顔があってドキリとした。
「レンはどうして調理だけは上達しないんだろうね」
アルヴィドは困った顔をしてレンを見る。お互い思ったよりもくっついていたことに気づいて、気まずい沈黙がよぎった。
「よし、じゃあ。レン。やってみよう」
アルヴィドは手を放してまた、隣に立った。レンは手が離れたことに少し頼りなさを感じ包丁をぐっと握りこんだ。
「包丁はそんな風に握りこんじゃだめだよ」
アルヴィドが、包丁を握る手を撫でるとレンはうなずいた。力が抜けてきれいにピプルの蕾を切ることができた。
「わ、切れました!」
「固い実ではないからね。包丁の力を信じて切れば力を入れなくても切れるんだよ」
その後、もう一個分練習してレンは包丁を置いた。
「最初よりはうまくなってるね。ほら、今日は指を切ってないし」
アルヴィドは慰めるように、レンの頭を混ぜた。レンはくすぐったそうに口角を上げた。
「見てください卵は上手に割れました」
ボウルの中では卵がつるんと滑っている。
「ほんとだ、じゃあ、残りを割ってくれる?」
レンは卵をカンっと軽くテーブルに当てると、裏返してもう一回カンっとテーブルに当てた。へこんだ場所に親指を立ててパカリと割ると、卵がとろりとボウルに落ちた。
「そうそう、上手」
卵を割るコツは、二回たたくことだ。亀裂がまっすぐになり殻が入りにくくなる。
刻んだピプルと卵はアルヴィドの手でオムライスとスープに変わった。
スコオル亭のオムライスは卵を三個も使う特製のオムライスだ。乳酪をたっぷりと混ぜた卵をまあるく焼いて、野菜とスープの出汁で炊いた穀物の上に乗せる。黄色い卵焼きにスプーンを差せば、とろりと割れて野菜の色に染まった穀物にしっとりとからむ。
レンは頬を緩ませながら食べている。自分で刻んだピプルの味はひとしおなのだろう。幸せそうな表情にアルヴィドの頬も緩む。
「このオムライスも聖女様の故郷のレシピなんだよ」
「……はい!」
レンはあわててごくりと飲み込んで返事をする。アルヴィドはしっかり噛んで食べるようにたしなめた。
「聖女様のもたらした知識のおかげでこの国には安定的に、新鮮で安全な卵が供給されるようになってね。それまでは卵は採れる数の少なさから食材というより、薬のような扱いで高級品だったから。こんな風にたっぷり卵を使って料理するなんて考えられなかったってうちのばあちゃんが言ってた」
アルヴィドは一口頬張って頬を緩ませる。
「とにもかくにも、オムライスはおいしいよね」
レンはうんうんとうなずきながら、もぐもぐと口を動かす。
「アルさんが作ってくれるオムライスはこの国で一番おいしいです」
その言葉に思い出したのは祖父が祖母に同じことを言っていたこと。祖母の照れた笑顔と、祖父の優しい笑顔が浮かんだ。
「国で一番って、おおげさだな」
そう呟いて、アルヴィドはなんだかくすぐったくて頬をかいた。
片づけは二人で行った。
アルヴィドが皿の汚れを落とし、レンが隣でその皿を拭く。レンには大きいシャツを着ている。それはアルヴィドのお下がりだった。新しいものを買おうかと言ったが、もったいないと固辞されてしまい買わなかった。袖が下りてきてわずらわしそうだった。洗い物が終わり、手を拭いてレンの袖をまくる。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
そんなやり取りも日常となりつつある。
☆☆
スコオル亭の営業は昼のみだ。だが、稀に頼まれて夜の営業を行うこともある。誰かの誕生日会だったり、家族のお祝だったり。人の幸せな場面に立ち会えるのは楽しい。それは祖母も同じことを言って受けていたのでそれを引き継いだ形だ。
そして、今回頼まれたのは、繁華街にある娼館のおかみベリルの引退祝いの会だ。引退後は、田舎に帰るため最後にスコオル亭のオムライスが食べたいとリクエストをもらった。
「ベリルさんはばあちゃんの知り合いなんだ」
アルヴィドはベリルの好きな黄色い大きな花を花瓶に生けてそれをテーブルの真ん中に置いた。壁にも黄色のリボンを飾り付け。テーブルクロスも黄色と白のチェック柄で、店内は黄色く飾り付けられている。
「かわいいですね」
「あぁ、こういうのはばあちゃんが好きで、昔っからよく作ってたんだ。ベリルさんは黄色が好きだから黄色なんだけど、肉屋のマットさんとおかみさんの結婚記念日は水色なんだよ」
「へー、すごい。人に合わせて変えるなんてなんだか楽しいですね。じゃあ、僕の記念日だと何色なんでしょう」
アルヴィドは手を顎に添えて悩む。
「うーん。緑のリボンと……犬かな?」
「え? 犬!?」
レンを見ていると無性に撫でたくなる。それがなぜか犬を思いださせるのだ。
「まかせて、すごくかわいく作るから」
アルヴィドは得意げに胸を張った。
「じゃあ、アルヴィドさんは赤色と……狐ですね!」
「そこはスコオルの灰色狼じゃないのかよ!」
レンはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。だが、赤毛の頭を撫でつつ、狐と自分を思い浮かべてなんとなく納得してしまった。
準備が終わり、あとはベリルさんたちが来るだけになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます