第6話 すれ違いの生姜焼き(2)

 この国は魔獣の脅威に苦しんでいた。

 当時王太子だったフェルナンドは国を魔獣から守るため、古い文献にあった聖女召還を実行することにしたの。そして、たくさんの魔力を集めて召還魔術を行った。その召喚は成功し、現れたのは十五歳の異界の少女だった。幼さのにじむ頬は青ざめ、黒い瞳は真ん丸に見開かれていた。少女は庶民のような薄い服を着て震えていたというわ。


 そして、王子は少女の扱い方を間違った。 部屋へ閉じ込め、神に祈るように強要したの。

 かつて現れた聖女さまは祈りでこの国を救ったと書いてあったからだそうよ……。

 聖女さまはみるみるやつれていった。食べず、しゃべらず籠ってしまった。

 王太子殿はせっかく召還した聖女を死なせるわけにはいかなかった。きれいなドレスや、宝石。様々なものを聖女さまに捧げ、機嫌を取ろうとしたけれど、聖女さまは何も欲しがらなかった。


 そこで集められたのが、聖女さまと同じ年頃の私たちだった。

 私たちは王太子妃候補として王宮に暮らしていたの。スルト公爵家のヒルデ様 ファシム侯爵家のカーチャ様 そして、ユウオルト公爵家のエリザベス様と、ラタトスク伯爵家の私。


 私たちは王太子妃教育の一環という名目で、聖女さまと交流することになりました。


 ヒルデ様はお話づくりが上手で聖女さまにいろんなお話をして差し上げたの。

 カーチャ様は歌がお上手で聖女さまのために歌を作られた。

 エリザベス様は……ふふふ、なぜか毎日お花を届けていらしたわ。

 私はそうね、私はお話を聞くのが得意で……嘘、緊張してただ座っていただけだったわ。

 私たちもまた、最初は聖女さまに何をしていいか途方に暮れていたのよ。ただ、その生き辛そうなお姿には胸が痛んだ。

 私たち四人が力を合わせようと思ったのは、聖女さまがやっとお気持ちをお話しくださったときよ。

「パパとママに会いたい。でももう帰れないって聞いたの」

 親も家族も友人も、誰ひとり知る人のいない世界に、突然連れてこられてしまったのだもの。それは怖くて当然だわ。なのに、大人たちは寄ってたかって祈れと言ってくる。何に対して祈ればいいのかも分かっていらっしゃらなかったそう。


 私たちの国では十五歳はもう大人の年齢だったけれど、聖女さまの世界では十五歳はまだ子供として扱われていたの。だから、私たちが思うより聖女さまは幼かった。怖いと思うのも無理はなかったのです。

 もしも、自分が同じ立場だったらと、胸を突く思いだったわ。

 私たちには、話しあうことが足りないと気付いた。

 そこから、聖女さまに尋ねるようになった。何が好きか、何が苦手か。

「うちにそんなふうに聞いてくれたのは、あなたたちだけだわ」

 そう言って、聖女さまが笑ってくれた時、初めて自分たちの間違いと、これからどうすればいいかが定まった。聖女さまをお慰めするには、聖女さまが望むことをして差し上げればいいって。

 お食事については、

「何でできてるのか、分からないんだもん。怖いじゃん」と。

 ええ、聞いてみれば、なぜ食事を拒否されていたのかにも理由があった。聖女さまの故郷とはなにもかも違ったそうなの。それを聞いて、我々の国にある食材に似たものを探して、少しずつ紐解いていくことで、聖女さまにもちゃんと食事を楽しんでもらえるようになった。


 そんなある日。

「ねぇ、皆さん。聖女さまの故郷のお味を再現するなんてどう?」

 エリザベス様が言い出したのだけど、それはとても良い考えだと思ったわ。聖女さまは私たちにいろいろなことを教えてくれた。

 ピプルやティチはその時見つけたの。

 聖女さまのおっしゃる『ショユ』は作れなかったけれど。おむすび、ハンバーグ、オムライス、生姜焼き……それらは再現できた。

 聖女さまはおっしゃったわ。

「みんながうちのことを思って作ってくれたのがうれしい」

 笑うと私よりも年下のように、幼い顔になられるの。

「食べることって生きることなのよ。食べることさえできればどんな状況でも生きていける」

 そんなことを言って、エリザベス様もとてもうれしそうな顔をされていた。


 あのころが一番楽しかった。

 ヒルデ様は物静かだけど芯のある方。カーチャ様は笑い上戸。エリザベス様は豪快な方だった。皆さま貴族という仮面を被ると、気後れしてしまうほど立派な淑女なのだけど。私たちだけで過ごすときはとても素敵なお姉さまたちだった。

 エリザベス様と聖女さまは特に気が合って。聖女さまの笑い声も絶えなかったわ。エリザベス様は聖女さまのすばらしさを知ってもらおうと、記録に取りいろいろな人に話して回った。そのおかげで聖女さまの扱いは格段に改善されていったわ。


 その後、回復された聖女さまは、この世界のことを知りたいと王立学園に通うことになりました。それに合わせて、お姉さまたちも一緒に通われることになって。

 私は年下だったから、お留守番だったのだけど。聖女さまがその日一日の出来事を楽しそうに話してくださるのを聞くのが楽しみだった。


 そんな中、王子妃の内示がされたの。王子妃にはエリザベス様が選ばれた。


 それから、聖女さまが不思議なことをおっしゃるようになった。「アルイセ」「アクヤクレイジョ」とか。「ゲエム」とか。何の呪文だったのか私にはわからなかったけれど、聖女さまは「クリア」を目指すと語っていらっしゃいました。

 それからほどなくして、学園でフェルナンドと聖女さまが人目もはばからず身を寄せ合っていると、噂がたつようになりました。そのせいでお姉さまたちが気落ちされているのには気づいていましたが。学園に行っていなかった私には、どうすることもできず、知らぬ間に学園でエリザベス様は孤立していたそうです。

 そして、その年末の学園除夜祭でエリザベス様の王子妃内定は無くなり、王立学園からの追放、身分はく奪が決まったそう。そのまま、エリザベス様は王宮に戻ってくることはありませんでした。そして行方不明に。

 私は体調を崩して伯爵家に帰った。


 聖女さまの卒業を待って、フェルナンドと聖女さまが結婚された。

 聖女さまはいにしえの森全体に結界を張り巡らせ、この国を魔獣から救った。

 聖女様の故郷の言葉で「ハピエン」この国では「幸せな結末」と呼ばれるものが訪れたのだと知ったわ。



「魔獣による災厄を失くした救国の聖女。この国は彼女のおかげで今の平和を享受できている。でも、聖女さまはエリザベス様を追いやった。エリザベス様を救っては下さらなかった」

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