すれ違いの生姜焼き

第5話 すれ違いの生姜焼き(1)

 それはある日のこと。

 チリンとアーチ形の入り口の扉から入ってきたのは老齢の女性だった。

「いらっしゃいませ! ロレーヌさん」

 アルヴィドがうれしそうに顔をほころばせる。彼女は杖をついて歩いているが、背筋は伸びていてゆっくりとした所作が上品な人だった。一目でどこか名のある家の人であることが見て取れた。

 レンは側に行き肘を出す。ロレーヌは礼を言って、エスコートされながらカウンターに来た。

「アルヴィド坊っちゃま。おひさしぶりね」

 カウンターに座りながら、ロレーヌがほほ笑む。

「もう二十三歳です。坊っちゃまはやめてください」

「私にはずっと、エリザベス様の坊っちゃまよ」

 アルヴィドは苦笑いで返す。


 ロレーヌにとっては、坊っちゃまかもしれないが……店主であるからには威厳が大事なのだとロレーヌをにらんでみたが、ロレーヌは涼しい顔で笑っているだけだった。かなわないとレンをちらりと見た。レンは面白そうに笑っている。

「エスコートをありがとう。こちらの給仕さんは初めましてね」

「はい、レンと言います。よろしくお願いします」

 ロレーヌはにこにこと答えていた。

「ロレーヌさん。今日も生姜焼きで良いかな?」

「お願いします」 ロレーヌはゆっくりとうなずいた。



「この店はいつ来ても変わらないわね」

 店内を見回して、ロレーヌは目を細めてしわの深い笑顔を浮かべた。閉店時間が近いためロレーヌ以外は、二人席のテーブルに客が二人いるだけだった。窓の外から入る柔らかな光の中、店内は静かだ。

 アルヴィドはロレーヌの前にスープを提供する。ロレーヌは湯気の立つ琥珀色のスープに目を細め、一口含む。

「とってもおいしい」

 その言葉を肯定するように、スープをリズムよく掬っては口に含む。口に入れるたびに笑みを浮かべるさまは少女のようだった。

 ほどなくして、生姜焼きが提供された。高齢の彼女に合わせて少し量を抑えてある。

「どうぞ召し上がれ」

 ロレーヌは湯気の立つ皿を前に手を合わせた。

「これ、この生姜焼き……おいしそう」


 生姜焼きはピプルのつぼみの薄切りと、ティチの茎をすりおろしたものを肉と一緒に絡めて焼いたものだ。祖母から、聖女がピプルのつぼみを「たまねぎ」と呼び、ティチの茎を「しょうが」と呼ぶことから、この料理を生姜焼きと呼ぶのだと聞いた。今でこそ一般家庭でも食べられるこの野菜たちも、当時はその刺激的な味から食べるものだと思われていなかったそうだ。

「このピプルとティチは聖女さまのために、エリザベス様と私で見つけてきたのよ」

 ロレーヌは誇るように少しだけ胸をそらす。アルヴィドとレンのふたりは、その無邪気な様子に笑みがこぼれた。

「おいしいわ」

 ロレーヌはゆっくりと味わいながら食べ進める。その所作は食べ終わるのを惜しむようにゆっくりで、美しかった。


「ごちそうさま」

 ロレーヌは手を合わせつぶやいたあと、カトラリーをそろえて置いた。

 そのころには残っていた二人席の客も帰っていて、店内は三人だけとなっていた。少し早いが店を閉めることにした。レンはアルヴィドの指示で看板を下ろす。

 ロレーヌがこの店に来るのは、生姜焼きとおしゃべりが目的なのを心得ているからだ。


 ロレーヌの前には食後の紅茶を出した。

「レンさん、私の話し相手になってくださらない?」

 レンはうかがうようにアルヴィドに視線を向ける。アルヴィドは了承の意味を込めて小さくうなずいた。

 ロレーヌの隣の席に座ると、レンの前にも紅茶を出した。


 少し話が長くなるけど、聞いてくださる? とロレーヌは紅茶でのどを潤して言葉を紡ぎだした。


 ロレーヌは少し遠い目をして語り始めた。

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