第4話 ハンバーグが食べたいです(4)

「おう、二代目。その子元気そうだな」

 三軒隣の店から声をかけてくれたのは、肉屋のマットだ。

「はい。今日からうちで働いてもらっています」

 マットの横におかみさんも顔を出した。

「まぁまぁ、良かったわね」

「レンといいます。ありがとうございました」

「あぁ、困ったら助け合うのが下町だからな」

 マットは鷹揚に手を振る。おかみさんも一緒にうなずいていた。


 その様子を皆がうかがっていたのか。青物屋、卵屋、酒屋、雑貨屋 と次々に声かがかかる。物腰の柔らかなレンは、すんなり下町の人たちに受け入れられていく。


 すっかり日が落ちて、街灯がぽつぽつと灯り始めた。

 暗くなっても街は、昼間と変わらず人通りがあった。帰宅を急ぐ人、これから呑みに出る人など様々だ。

「下町はいい人ばかりですね」

「あぁ。昔っから助け合うのが当たり前だったからね」

 アルヴィドは、道の先に見える城壁を見上げた。


「五〇年前までここら辺りまで魔獣が出たらしい。ほら、あっちの古い家は窓に鉄の格子がついてるだろ。あれは魔獣対策なんだって、ドアにも鉄が打ち込んであって。壊れにくくなってると、ばあちゃんが言ってた。今は街中まちなかで魔獣を見かけることはないけど。昔は日常だったんだなって。皆が助け合うのはその名残だよ」


 遠く王城の城壁から頭一つ高く見えるのは、聖女の塔と呼ばれる塔だ。レンも黙って同じようにそれを見上げた。

「召喚された聖女様のおかげでこの平和があるんだ」

「アルヴィドさんもそう思うのですか?」

 塔を見上げていたアルヴィドはレンに視線を移す。返ってきたのは強い視線だった。

「……うん」

「そうなんですね」

 レンは瞳を揺らしてうつむいた。どうしてそんな目で見られたのか、見当がつかない。


 灯りがともる帰り道。街灯に伸びる影を見つめながら歩く。レンは黙ったままあとをついてきている。なぜか買い物袋を強く抱きしめていた。



 レンは見込み通り、一週間もすると接客の仕事に慣れてきた。店の常連にも顔を覚えてもらい。自然な笑顔も見えるようになっていた。

「レン君、注文を」

「はい!」

 レンはテーブルに着くとにこやかに注文を取る。

「アルヴィドさん! ハンバーグとオムライス。お願いします」

「あいよ!」

 おかげで、アルヴィドは安心して調理のほうに専念できたのだが、ここにきてだましだまし使っていた調理魔道具が不調をきたしていた。なんとか営業を終わらせたが、肝心の調理魔道具はぷすりと音を立てて火が付かなくなってしまった。


「レン君すまん、せっかく慣れてきたのに、調理魔道具の調子が悪いみたいだ。明日は休みにしてもいいだろうか」

「僕は構いませんけど、大丈夫ですか?」

 アルヴィドは調理魔道具の前で途方に暮れる。レンもその側までやってきた。

「見ての通りだ」

 かちゃかちゃとツマミをひねるも火が出てこない。アルヴィドは魔道具についてはからっきしで直すことはできない。今までも同じようなことはあったが、そのつど修理屋を呼んで直してきた。この魔道具は四十年も前の代物で直すとなると熟練の魔導技師を呼ばねばならない。


「あぁ、あの!アルヴィドさん。もしかしたら僕、直せるかもしれません」

 レンはその様子を見ながら、ぽんと手を打つ。手早く調理魔道具の機構部分を開いた。

「この時代の魔道具は魔力回路の劣化や、目詰まりが原因で動かなくなることが多いんです。機構自体は単純なので詰まりを取れば何とかなるはずです……」

「もしかして、この前のお風呂も?」

「はい。そうです」

 レンは慣れた手つきで、回路に指をあてていった。あぁ、魔力が流れ難くなってる。あぁ、こっちの回路も消えかけてますね……などとブツブツ言いながら直し始めた。アルヴィドは全くの機械音痴で、レンのやっていることはさっぱりわからなかったが、手際が良いのはうかがえた。。応援するように見つめていると、視線を上げたレンと目が合う。レンはきっとこういう作業が好きなのだろう、きらきらと目が輝いていた。

「アルさん動かしてみてください、ちょっとは良くなったと思うのですが」

 ツマミをひねると、ぼわっと火が立ち上がった。

「あぁ、すごい。直ってる」

 アルヴィドはレンの手を握ってぶんぶんと振る。その勢いのままぎゅっと抱き着いた。アルヴィドにとって、調理魔道具は大事な商売道具であり、祖母が残してくれた形見である。

「ありがとう」

「祖母の家にも似たものがあって……部品が古いから詰まりやすくなってるみたいです。部品交換をすればまだまだ使えます。すごく大事に使ってきたんですね」

 レンは抱きしめられた腕を解いて、口角を上げる。

「ああ、形見だからね。それにしてもレン君はすごいな。いてくれて助かったよ」

「そんな……」

 レンは上気した頬を指で擦りながら、うつむいた。

「ほんとうにありがとう」

 心からそう言った。

 そしてもう一つ驚いたことを口にする。

「レン君。指摘すると戻っちゃうかもしれないんだけど。俺のことアルさんって呼んだね」

「あぁ……はいっ。なれなれしくてごめんなさい」

 しゅんっと項垂れた姿に慌てて言葉を継ぐ。

「いや、仲良くなれたみたいでうれしくてね。これからもそう呼んでよ」

「じゃあ、僕はレンで……君はいらないです」

 レンが頬を緩ませて言う。

「わかった」

 彼と話していると不思議と空気が緩むように感じた。


「二代目!オムライスの腕が上がったな!」

 肉屋店主のマットとおかみさんが宣言通り、オムライスを食べに来た。

「ありがとうございます、レンが調理魔道具を直してくれてから絶好調なんです」

「そりゃあ、良かったなぁ」

 マットがレンに親指を立ててねぎらっている。レンもすっかり下町にも店にもなじんだ。レンが直してくれた調理魔道具は以前より調子がよく、オムライスの仕上がりが良くなった。


レンには謎が多い。だが笑顔を見せることも多くなった。いつか話してくれるだろうか。


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