第20話 ダリル

オールディス辺境伯邸の応接室に入るのはこれが二度目となる。

一度目はオーレリアへの謝罪の時、そして今日はダリルとの再会の場として……。


僕はアイザックとクライドとともに応接室へと続く廊下を歩いていく。

今回はダリルが相手ということもあり、僕とクライドだけでいいと伝えたのだが、アイザックも同席すると言って譲らなかったのだ。


応接室の扉を開けると、懐かしい姿が目に飛び込んでくる。


「ダリル兄様……!」

「やあ、サミュエル。久しぶりだね」


艷やかな長い栗色の髪を一つに束ね、翠の瞳を細めながら柔らかく微笑むダリル。

そして、すぐにその視線が僕の後ろへと移る。


「それにクライドも元気そうだ」

「レディング侯爵子息様、お久しぶりにございます」


クライドは整った笑みを浮かべながら丁寧にお辞儀をする。

僕にも常日頃からこれくらいの態度を見せてほしいものだ。


「お初にお目にかかります。デズモンド・オールディスの次男、アイザックと申します」


続けてアイザックが挨拶の言葉を述べる。


「ああ、君が……。騎士団長も務める将来有望な後継者だと噂は聞いているよ」

「恐れ入ります」

「でも、どうしてここに?」


不思議そうな表情のダリルに、僕が事情を説明する。


「手紙にも書いたけれど、ここで僕は見習い騎士として過ごしているんだ。アイザックは指導係としてずっと付き添ってくれていて……」

「なるほど」


僕の話を聞き、軽く頷いたダリルがアイザックへ向き直る。


サミュエルが世話になったようだね。礼を言うよ」


そう言ってダリルが微笑みかけると、アイザックの眉がピクリと動く。


その時、扉をノックする音が響き、侍女が紅茶を運んでくる。

それを合図にダリルが僕の左肩にそっと手を回し、そのまま同じソファに座るよう促されてしまう。


(あ…………)


強く肩を掴まれたわけじゃない。

軽く触れたくらいで、服の下の傷跡に気づかれることはないだろう。

それでも、突然のことにギクリと身体が強張ってしまった。


「サミュエル、どうしたんだい?」

「な、なんでもないよ」


そう言って、僕はダリルの隣に腰を下ろす。


(なんだか落ち着かない)


傷跡のことだけでなく、自分の場所は向かいに座るアイザックの隣だと思い込んでいたからだろうか……。


紅茶を注ぎ終えた侍女が退室すると、ダリルが口を開いた。


「サミュエル。君が大変な時に側にいてやれなくて申し訳なかったね」

「ダリル兄様が謝ることじゃないよ。僕が馬鹿なことをしたのが悪いんだから」

「だが、あの男爵令嬢……エイミー嬢だったかな? 彼女と恋人関係だったわけではないのだろう?」

「それはそうだけど……」

「だったら、エイミー嬢に騙されたともっと強く訴えるべきだ。今からでも遅くはない。せめて、追放令を撤回してもらうよう私からも陛下に進言を……」


どうやら、帰国してからのダリルは、僕が王都へ戻れるよう色々と動いてくれているようだ。

そんなダリルに向けて、僕はゆっくりと口を開いた。


「ダリル兄様の気持ちはすごく嬉しい。だけど、エイミーが恋人であるかのような誤解を招く行動をしたのは確かだし、オーレリアに対して酷いことをしたのは紛れもない事実なんだ。だから、罰を受けるのは当然のことだと思う」

「…………」 


ダリルは驚いた表情かおで僕を見つめる。


「それに、僕はこの場所に来れてよかったと思っているんだ」


以前、オーレリアが言っていた言葉を思い出す。


『サミュエル様が何も気づかないまま、鏡に映るご自身だけをずっと見つめて生きていくのではないかと……』


あのまま王都で暮らしていたら、オーレリアの言葉通りになっていたのかもしれない。


「おかげで少しだけど筋肉もついたんだよ。ほら、僕もずいぶん逞しくなったと思わない?」


追放を前向きに受け入れていると伝えたくて、冗談めかして右腕の袖をめくって力こぶを作るポーズをしてみせる。


「毎日訓練で身体を鍛えて……」

「ああ、サミュエル! 可哀想にっ!」


すると、僕の言葉を遮るようにダリルが声を上げる。


「こんなにも日に焼けてしまって……手の平にも剣ダコができているじゃないか! あの場に私がいたなら、こんな辺境の地でサミュエルに苦労をさせることはなかったのに!」


そう言いながら、ダリルは僕の右手を自身の両手で包み込むように握った。


「…………」


きっと、僕のことを心配しての言葉なのだろう。

だけど、僕の言葉がダリルには全く届いていないように思えて、胸の内にはモヤモヤとしたものが広がっていく。


すると、向かいのアイザックが口を開いた。


「日焼けも剣ダコもサミュエル殿下の努力のあかしです。レディング侯爵子息様が、殿下はこの地で腐ることなく懸命に取り組んでいらっしゃいますよ」


そう言って、例の胡散臭い笑みを浮かべる。


「ですので、そろそろ過保護も卒業されたらいかがです?」


アイザックの言葉を受けたダリルもにっこりと微笑む。


「ふふっ。君は、王都でのサミュエルを知らないからそんなことが言えるんだよ」

「ええ。ですが、現在いまの殿下の居場所はここですので」

「そのことを私は心配しているんだけどね」

「ははっ。ご安心ください。これからも俺が殿下の側に付いていますから」


互いに笑顔で会話をしているはずなのに、部屋の空気が張り詰め、緊張感が漂う。


(ダリル兄様にとって、僕は頼りない従弟のままなのだろうな……)


だから、こんなにも僕のことを心配しているのだ。

そう結論付けた僕は、ダリルを安心させるために二人の会話に割って入った。


「アイザックの言う通りなんだ」

「サミュエル………?」

「以前の僕は自分の容姿にばかりこだわって、それしか取り柄がないと思っていた。でも、ここに来てからは、僕の容姿以外が必要とされることもあって……。だから、僕はこれからもこの場所で精一杯頑張りたいと思う」


そう、醜くなった僕を憐れむこともいとうこともなく、ただ受け入れてくれたアイザックの側で……。


それが、現在いまの僕の偽りない気持ちだった。


「そうか……サミュエルは変わってしまったんだね」


(え………?)


その瞬間、ダリルの顔から表情が抜け落ちる。

しかし、それは一瞬のことで、すぐにダリルはもとの柔らかい表情に戻り、ゆっくりと口を開いた。


「だったら僕も変わらないとね。いつまでもサミュエルを子供扱いしていたら怒られちゃいそうだ」


そう言って、寂しそうに微笑むダリルを見ていると少しだけ胸が痛む。

きっと、手のかかる従弟と離れ離れになることが、僕が思う以上に寂しかったのかもしれない。


「それじゃあ、ここに来てからのサミュエルの話をいろいろ聞かせてくれるかい?」


そのまま話題は僕の訓練内容や魔獣の暴走スタンピードへと移っていき、一瞬だけ感じた違和感のことなどすっかり忘れ去ってしまったのだった。


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