ミケ猫ヌーさん
淺琲凜李子
ミケ猫ヌーさん
小学校一年生のニナちゃんが住む町にはある都市伝説がありました。
「駄菓子屋のミケ猫は化け猫だ」
そう言われてニナちゃんは絵本に出てくる化け猫と、学校の帰り道にある駄菓子屋さんの店先でのんびりお昼寝をしているミケ猫ヌーさんを思い浮かべますが、到底その姿が化け猫だとは思えません。
ニナちゃんは気になって何度かヌーさんに
「ヌーさんは化け猫なの?ニナのことも食べちゃうの?」
と尋ねたこともありますが、ヌーさんは尻尾をふわりと揺らすばかりで質問には答えてくれません。
いつの日か帰り道にヌーさんとお話をするのが日課になっていたニナちゃんでしたが、ある日高熱を出して学校を休むことになってしまいました。
「お昼におばあちゃんが来てくれるはずだけど…それまで一人で大丈夫?」
仕事に行く前にお母さんが心配そうにニナちゃんの頭を撫でます。
「大丈夫。お仕事頑張って」
本当は寂しくてしょうがなかったけれど、お母さんに心配をかけまいとニナちゃんは笑顔でそう答えました。
そしてお母さんもいなくなった部屋の中、寂しさを紛らわそうと目を閉じます。すると、どこからか音が聞こえてきました。
ドーン、ドーン
それは夏休みのお祭りで聞いた太鼓の音に似ていました。
ドーン、ドーン
少しずつ大きくなる音が気になって、ニナちゃんは窓の外を覗いてみました。外はいつの間にか夜になっていて、家の前の道を提灯のついた大きなお神輿とお面を被ったたくさんの人が歩いています。みんなお神輿の周りで大鼓や笛などの楽器を鳴らしながらとても楽しそうに踊っています。周りの家に灯りがついていないからか、提灯に照らされたお神輿が余計に輝いているようでした。
ニナちゃんは熱があることも忘れて家を飛び出し、そのお囃子についていくことにしました。しばらく一緒に歩いていると、神輿はニナちゃんの小学校へと入って行きます。
夜だからか人気のない校舎とは対照的に、グラウンドには提灯に照らされた様々な屋台が並び、中央にある櫓の上では大太鼓が盛大に打ち鳴らされています。櫓の周りではお面をつけたたくさんの人が手の甲を叩いて踊っています。
「わー、すごい!」
目をキラキラさせてその光景を見つめるニナちゃんを手招きするように屋台の中から手が伸びてきます。その屋台に近づこうとすると一人の男性がニナちゃんに声をかけました。
「ニナ?こんなところで何をしているんだい?」
お面を外して近づいてくるその男性は、昨年の冬に亡くなったはずのおじいちゃんでした。
「おじいちゃん!」
ニナちゃんは久しぶりに大好きなおじいちゃんに会えたことが嬉しくて抱きつきます。
「おお、おお、よく来たな。でもなぁ、ここはニナの来ちゃいけないところなんだよ」
しゃがんでニナちゃんを抱きしめながらおじいちゃんが教えてくれます。
「どうして?」
「ここは死んだ人間が来るところだからなぁ」
「ニナ、死んじゃったの?」
「いいや、そうじゃない。ニナはきっと迷い込んじまったんだな」
「おうち帰れる?」
「大丈夫だ。じいちゃんについて来い」
そう言うとおじいちゃんはニナちゃんの手を取って歩き出しました。
いつもの帰り道をおじいちゃんと歩いていると、真っ暗な中にポツンと一軒灯りがついている家が見えます。駄菓子屋さんです。光に照らされた店先にはミケ猫が一匹ちょこんと座っています。
「あ、ヌーさん!」
ニナちゃんは走ってヌーさんに近づきます。
ヌーさんは喉をゴロゴロ鳴らしながら「ヌーン」と小さく鳴きました。
「じゃあな、ニナ。帰りはヌーさんについていくといい」
おじいちゃんはニナちゃんの頭を撫でてそう言うと、来た道を戻ります。
「おじいちゃん、ありがとう。またね!」
おじいちゃんは左手をヒラヒラさせて夜の闇へと消えて行きました。手を大きく振るニナちゃんの足元でヌーさんが小さく鳴いて歩き始めます。
「ヌー」
「待ってヌーさん!」
その後ろをニナちゃんは慌てて追いかけますが、だんだん眠くなってきてしまいました。足がどんどん重くなり、ヌーさんとの距離も開いて行きます。
「ヌーさん、待って…ヌーさん…」
気がつくと、ニナちゃんはベッドの上で寝ていました。窓からは陽の光がさしており、台所からは美味しそうな匂いがしてきます。
「あらニナちゃん、おはよう。よく眠れた?」
「…おばあちゃん、お腹すいた」
あれが夢だったのか、本当にあったことなのか…大人になってもニナちゃんはよくわからないそうですが、駄菓子屋の店先では今日もミケ猫がお昼寝をしているそうです。
ミケ猫ヌーさん 淺琲凜李子 @q8asahi
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