殺人ストリート

 

 桜井孝子はひとり夜道を歩いてた。


 ひとつの覚悟を胸に秘めて――。


 そこはあの殺人ストリート。

 綾のうちへと続く道。


「桜井」


 ふわりと夜風に乗って漂う花の香のように、穏やかな声が、背後から流れてきた。


 振り返った孝子は、身を強張らせて歩いていた夜道に降って湧いたその存在に目を奪われる。


「……鏑木さん?」


 艶やかな長い黒髪をなびかせ、梨湖が微笑み立っていた。




「康介」

 冴木が本部に居ると、前島がやってきた。


「犯人の目星がついたというのは本当か」

「そういうわけでもないが」


「お前は、はっきりと言わないが、俄かに本部の動きが激しくなったようだと此処の署長が言っててな」


「それで様子見か。

 随分と暇なことだな」

と冴木は頬杖をついて投げやりに言う。


「いや。

 前回、結局未解決のあの事件との関連性も、はっきりしないままだったからな」


 そう小声で言う前島に、ああ、と思った。


 この律儀な男は、結局取り消されたあの暴行事件の相談を未だに気にしているようだった。


「解決なんかしやしないさ」

「ん?」


「お前の目に見える形ではな」


「なんだ、元気がないな」


 後ろで手を組み、相変わらず軍人のような姿勢で立っている前島がそう言ってくる。


 一応、同期を気遣ってくれているのだろうが。


 こいつの口調だと、なんか詰問されてるみたいなんだよな、と思いながら、冴木は言う。


「別に。

 ただ、つまらなくなっただけだ――」


 あのとき、思った。

 どうしたいのか、自分でもわからなくなった、と。


 そう、わからない。


 別に自分は梨湖を好きなわけではないが。

 彼女が居ないと、なんだか……。


「やっぱ、返してやるんじゃなかったな」


「なにを言っているんだ、お前は」


 わからん、というように前島が眉をひそめたとき、携帯が鳴った。


「宮迫か」

と画面を見て呟くと、


「あいつ、こっちに戻ってくるようだな」

言う。


 そこに表示されている名前を見ながら、冴木は笑った。


「あいつは出世するよ。

 もしかしたら、俺たちよりも――」


「なんでだ?」

と前島が目をしばたたく。


 今までの宮迫と出世という言葉が結びつかないからだろう。


「したたかだから。

 それに……」


 あの梨湖様が唯一、『恋人』として選んだ男だからな。


「珍しいな、お前が他人を褒めるなんて」


「褒めたわけじゃない。

 それになんていうか、俺自身は出世に飽きてきてね」


 もしもし、と通話ボタンを押しながら言った。

 前島は全く信じていないように肩を竦めていた。






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