辻占の答え

 

 梨湖は零児の顔を見据え、その言葉を繰り返した。


「私が連続猟奇殺人事件の犯人だ」


「梨湖ちゃん!」

 思わずと言った感じで、後ろの宮迫が声を上げる。


 梨湖? と零児はそれを聞き咎めた。


「斉藤さん、確かに『児島都』はあの事件の犯人だけど、この人は違うんです!」


 梨湖は少し間を置き、

「ま、それにだな。

 斉藤怜奈を殺したのは、『児島都』じゃない」

と言った。


「えっ?」


「零児、お前は、辻占の仕方を間違った。

 お前は、この事件全体について問うたんだろう。


 だから、最大の犯人である都が出てきてしまったんだ。


 まあ、或る意味正確だがな。


 実行犯の板倉ではなく、裏で操る都の方を呼び込んだわけだから」


 板倉が実行犯……と零児は口の中で呟く。


 やはりこの男、事件の全体像は見えてはいなかったか、と思った。


「零児、お前、斉藤怜奈を殺した犯人と、今回の事件の犯人に心当たりはないのか?」


 えっ? と宮迫がこちらを見る。


「この人、今回の犯人じゃないの?」


 だって、今、出てきたじゃない、と言う。


「いや、これは単に、あのとき、私に辻占を仕掛けたのが誰か占っただけだ。

 まあ、こいつでない可能性もあったからな」


「なに占ったかなんて、本人の頭の中でしかわからないかなあ」

と冴木が呟く。


「実は私、今回の事件の犯人について、あの後、ひとりで何度かやってみたんだ」


「なんでそんな危ないことすんの!」

と宮迫が叫ぶ。


「……言うと思った。

 だから言わなかったんだ」


 宮迫の剣幕に、後じさりながら、梨湖は呟く。


 冴木が冷静に問うてきた。

「結果は?」


「誰も来なかった。


 最初のときはな、訊いたことが、板倉の刺殺と、今回の事件の関連性についてとかってアバウトなものだったし。


 一番強く願っていたのは、事件の解決についてだった気がするんだ。


 だから、解決の糸口となりそうなものが現れた。


 『マック』そして、あの声。

 それに、『斉藤零児』」


 梨湖は指を折りながら言う。


「いや、まあ、零児に関しては、偶然、私の答えにも、はまっただけかもしれないけどな。


 お前の辻占の答えが私で、お前はたまたまそこに居ただけなんだから。


 それで、次からは、はっきりと『今回の事件の犯人は誰なのか』を強く願ってみた。


 そしたらさ、何度やっても、誰も現れないんだよ」


 それで失敗したのかと思い、誰にも言わなかったのだが、もしかしたらと、ふと思った。


「もしかしたら、犯人は出てこられる状態になかったんじゃないか?


 でも、本人が現れなくても、普通、ヒントがもらえるよな。


 何故、今回に限り、それはなかったのか。

 つまり――」


 つまり? と宮迫が問う。


「つまり、その人物に関するすべてが、ブロックされていたわけだ。


 なんらかの力によって。


 徹、どんなときにそれは起こると思う?」


「ええ? なんで急に僕に振るのさ」

と離れたところで傍観していた徹が呟く。


「僕はそういう手合いのことには詳しくないからね。

 信じないし」

と、ぷいと顔を背けてしまう。


 徹にはすべてを話した。


 彼にとっては、児島都の身体に別人が宿っている、ということよりも、児島都が連続殺人鬼であったということの方が、受け入れがたいようであった。


 しかし、その理由というのが――。


『都ちゃんならやるかもね』


 素っ気無くそう言った徹だったが、

『でも気に入らない』

と付け加える。


 それらの事件すべてが、蒲沢梨人を想う気持ちに端を発してることが気に入らないようだった。


 あれからずっと、徹はご機嫌斜めだ。


 それでも、事件の顛末は見届けたいからと、こうして付いて来ていたのだ。


 そうか、と呟いたのは、冴木だった。


「犯人は、板倉――」


「じゃないかと思うんだ」

と梨湖が言葉を引き取る。


「あいつは結界の中に居て、出てこられてない。


 しかも、あいつのすべては結界の内で守られている。


 零児、板倉が取り込まれている空間と同じものをパソコンの中に造り上げたのは何故だ」


「僕が板倉をあそこに閉じ込めてるとは思わないの?」


「あれを造っているのは、女だ。

 それに、あれの目的は、板倉を閉じ込めることじゃない。


 板倉を守ることだ。


 お前にそんなことする義理はないんじゃないか?」


 そうか、女ね―― と零児は呟く。


「僕にはよく見えなかったよ」


 言葉少なな零児を、腰に手をやり、見上げた。


「もう一度訊こうか。

 何故、板倉の居る空間をわざわざパソコンの中に造り出した」


 零児は嗤う。


「実際の結界には僕も入れなくてね。

 同じものをあの中に造り上げてみた。


 あそこから空間を繋げればなんとかなると思ったんだけど」


 そうでなければ、ますます此処には邪気が溜まり、更なる事件を引き起こしていたことだろう。


「怜奈にしても、事件のことは言わないんですよね。

 思い出したくないのかもしれないですけど。


 くだらないことばかり」

と言う零児の顔は、本当にそれをくだらないとは思っていないようだった。


「あのとき――

 僕は板倉が死体を殴打するのを見ながら思った。


 どうか真実を教えて欲しいと。


 本当にこの男が前の事件の犯人でもあるのか、それともただの模倣犯なのか?


 その板倉も何者かに殺され、すべての手がかりを失った僕は、此処で辻占をした。


 そして――」


「そして、連続殺人犯、児島都を引き当てたわけか」


 ――あれはこいつの辻占であり、私の辻占でもあったわけだ。


「しかし、さっきも言ったが、残念ながら、児島都は、斉藤怜奈殺しの犯人じゃない」


「どうして君にそれがわかるの?」


「私は児島都の身体に宿って、都が殺人を繰り返す映像を見てきた。


 だが、ひとつだけ妙な映像があったんだ。


 都の操る板倉が、現場に到着したときに、既にその足許に向かい、血が流れてきていた。


 その女を殺したのは、都ではない。模倣犯だ。


 その人物が誰なのか調べるため、冴木たちに資料を用意してもらったんだが。


 斉藤怜奈で間違いなかった。

 そうじゃないかと薄々思ってたんだ。


 お前の家に行ったとき、足許に広がってくる血の映像が見えたから」


「で」

「ん?」


「なんで君はその殺人鬼、児島都の身体の中に居るの?」


「それは……まあ、話せば長い話なんだが」

と梨湖は眉をひそめる。


「まあ、ともかくな。これでお互いの立場がはっきりしたから、出来れば、手を組みたいんだが」


「いいけど」

 ちら、と零児は梨湖の背後に控えている連中を見る。


「異存はないそうだ」

 間髪入れずに梨湖は言った。


 宮迫だけが、なにやら物言いたげだった。




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