夜、綾の家のソファで冴木は資料を読んでいた。


 ん? 一度日本に帰ってきてるな、斉藤零児。


 なんとか理由をつけて取り寄せた出入国の記録に寄ると、零児が日本に帰ってきたのは、あの事件の頃ではあるが、木曜日ではないようだった。


 すぐにトンボ帰りをしていて、木曜にはもう、日本に居なかったようだ。


 なにしに帰ってきてたんだ? こいつ、と思っていると、後ろから綾の声がした。


「久しぶりに来たと思ったら、なにそれ。

 仕事すんなら帰りなさいよ」


 すっかり真面目になっちゃって、という綾は、蒲沢梨人が入っていたときの自分を含めて言っているようだった。


「そういや、婚約したんだって? それもあの、児島都と」

「誰に聞いた?」


 前島さん、と綾は珍しく自分で淹れた珈琲を出しながら言う。


「まあ、親が決めたことだからな」

と素っ気無く言うと、ふうん、と綾は冷たい目で見る。


「少しはまともになったかと思ってたのに」

「婚約してるのに、此処に来てる時点でまともじゃないだろうが」


 そりゃまあ確かに、と綾は肩をすくめる。


 後ろに立った彼女はソファの背に手をつき、珈琲を飲んでいた。


 一息ついてから言う。


「……結局、あんたには本物は手に入んなかったわけか」

「本物?」


「よく似てるものね、児島都」


 誰に、とは言わなかったが、誰のことを言っているのかは、すぐにわかった。


「何が可笑しいの?」

と、こちらを見て問う。


「いや――」


 あ、ねえ、ところでさ、と綾はソファに手をついたまま、こちらを向いて言った。


「孝子の様子が最近おかしいんだけど。


 やっぱ、事件の後遺症かしら。

 犯人捕まってないしね」


 綾のその言葉を、冴木は複雑な思いで聞いていた。









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