月曜日

三ヶ月前の真実

 


 一応爽やかな朝だというのに、重い沈黙があった。


 梨湖はベッドに腰掛け、冴木はソファの方に座っていた。

 黙っていた彼がこちらを振り向く。


「なんで早くに言わなかった?」


「確証がなかった。

 それに、私に見える順番も何もかもめちゃくちゃで」


 梨湖はベッドに両手をつき、天井を見上げて溜息を漏らす。


「お前の記憶と混ざってるわけじゃないんだな?」


 梨湖は頷く。

 だって、あの映像は私が見たものとはまた違う。


 だが、立ち上がった冴木は窓の側から下を見下ろし、舌打ちをする。


「お前の記憶は当てにならんからな。

 ともかく全ては、はっきりとそれが都の記憶だとわかってからだ」


「信用ないんだな」

「お前は忘れるの得意だからな。なんでも」


 その語尾に妙な強さを感じて、

「どういう意味だ?」

と、こちらに近づいたその顔を見上げる。


「なんでもなかったことにするの、得意だろう?」


 そのときだけ、冴木は苛立ちとは違う、冷ややかな眼を見せた。

 その言葉は何か別の意味を含んでいるように聞こえる。


「俺は、あの都が零児を見たって記憶だって、疑ってるんだ。

 お前の記憶なんじゃないのか? ほんとは。


 零児に元の顔を見せてみろ。

 知ってるっていうもしれないぞ」


 梨湖は窺うように冴木の顔を見る。


「どうやって、元の顔を見せるんだよ」


 冴木は『都』の頬に触れて言う。


「知るか、そんなこと。

 写真でも持っていけ」


 そのとき、ドアをノックする音がした。


「都ー、もう起きないと。

 あら……冴木さんっ1?」


 入ってきた都の母は、冴木を見て固まる。


 微妙な沈黙が流れた。


 それはそうだろう。

 早朝から訪れるくらいならともかく、親も居ないのに、一晩一緒に部屋に居ては――。


「すみません、あの―」

と言いかけた冴木だったが、詰まった。


 いつもなら、つらつらと言い訳が出来る男だが、事件のことで頭がいっぱいだったのだろう。


 都の母が冴木に何か言おうとした瞬間、梨湖は立ち上がった。


「違うの、ママ! 

 私が冴木さんを呼んだの!」


 都? と母がこちらを見る。


「私――。

 夜、ひとりで居たら、怖いこと思い出しちゃって……」

と暗に事件のことを匂わせる。


「ママたちは急がしそうだったし。

 冴木さんなら信用できると思って」


 母の手を握り、梨湖は懇願する。


「ごめんなさい、冴木さんを責めないで」


 うっすら涙まで浮かべてしまった梨湖に、都の母は、まあ、という顔をする。


「……貴方、ほんとに冴木さんのことが好きなのね。

 徹さんのときは庇わなかったのに」


 いいわ、わかったわ、と都の母は、微笑みかける。


「ママもほんとは冴木さんのこと、信用してるから」

と一転して機嫌のよくなった都の母は、


「じゃあ、朝食用意しますから。

 冴木さん、ほんとに都がご迷惑おかけして」


 これからもよろしくお願いしますね、と出て行った。



 パタン、と閉まった戸を見て、冴木は呟く。


「俺が言うのもなんだが、普通、もうちょっと追求しないか?」


「お前ほど信用できない男も居ないのにな。

 豪気な親だ」


 そう漏らすと、夕べ何もしなかったろうが、と返される。


 単にそんな暇も余裕もなかったからという気もするのだが。


「なあ、もしかしてさ。

 あの親の浮世離れ具合から行くと、徹とのことも勘違いって可能性はないか?」


「そうかもしれんな。

 都はお前みたいにうまく言い訳できなくて、あの親の勘違いだけが突っ走った。


 それで都は親の理解ななさに腹を立て、ますます親子仲が険悪になって、ギクシャクし始めたのかも。


 まあ、ほんとのところはわからんが」


 だが、それが真実だとすると、都の記憶の中に、徹との出来事が出てこなかったのは、単に、それは都にとっては、たいしたことではなかったからではないのか。


 だとするなら、都による記憶の操作は行われていないことになる。


 ならば、都はまだ私の中で眠り続けているのだろうか――。





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