事件ハ マダ――

 

 これは――


 梨湖サマだな。


 冴木は一応読んでいた本から目を離し、隣で眠る『児島都』の寝顔を見る。


 思わず、頬をつつきたくなるこの無邪気さ。


 どう育ったら、こうなるんだ? おい。


 やっぱ、蒲沢が泥のひとつも足に飛ばないよう見張ってたからか?


 いや、こいつは結構、人の心の闇を見ているはずだ。


 あのチカラを持って産まれて、闇に触れずに生きることは難しい。


 普通、俺みたいになるもんだが。


 同じチカラを持つ宮迫も、方向性は違うが屈折している。


 お前と蒲沢だけ、別の世界で生きてるみたいだな。


 自分がそんな風になりたいわけじゃないが、と思いながら、冴木は再び本に目を落とした。


「うん?」

 ぺらりとページを捲ったとき、引っかかる言葉があって、思わず横の梨湖を見る。


 そういえば、あのとき――。


「ん……っ!」

 その途端、梨湖がうなされ始めた。


「り……」

 呼びかけようとしてやめる。


 梨湖の身に起きた変化を見届けることの方が大事だと思ったのだ。


 もしも、これが児島都の出現ならば、隠れていた方がいいか、と起き上がりかけたとき、梨湖が悲鳴を上げた。


「おいっ!」


 飛び起きた梨湖は、冴木の両腕を掴む。


 そのまま、こちらを見つめ、ほっとしたように息をつく。


「冴木」

「なんだ……なんの夢を見てたんだ?」


 梨湖は惑うような顔をする。


「……おかしい」

「え?」



「前から思ってたんだ。


 おかしいんだ、都の記憶。


 ありえない……」


 ぎゅっ、と梨湖は冴木の腕にしがみつく手に力を込める。


 自分の胸に触れそうで触れない梨湖の額に、思わず抱き寄せようかと思ったとき、俯いたまま、梨湖は言った。


「……あの事件は終わってなんかいなかった」


「え――」


 梨湖は顔を上げ、真っ直ぐに自分を見つめて言った。


「冴木、あの連続殺人事件は、ほんとに終わってはいなかったんだ。


 あの事件は――


  まだ解決していない」




 

 桜井孝子はあの忌まわしい通りに立っていた。


 誰も居ない夜のその通りを、ひとり、見つめる――。








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