神様の使い
珍しく車で来ていた冴木が、学校まで送ってくれるというので、おとなしく乗り込んだ。
「あの夢だが、やはり、何か意味がある気がするんだが。
あのお堂、もしかして、実在してるんじゃないのかな」
と梨湖は言う。
「でも、狐って、神様の使いじゃないのか?
なんで、社殿じゃなくて、お堂なんだ?」
「日本はその辺アバウトだからな。
しかし、狐は気をつけた方がいいぞ。
前回みたいに役に立ってくれたりもするが。
私、以前、旅行に行ったときな。
たまたま二日続けて、違う稲荷関係の神社に足を踏み入れたんだ。
そしたら、ふたつめの神社を出るとき、バシッと左肩だか腕だかが痛くなってさ。
その夜、枕許に――」
「朝から怪談話はやめろ」
と冴木が顔をしかめて遮る。
「……そうだな、脱線したな。
まあ気をつけろってことだ。
それから、そういうとき囁きかけられても、甘い言葉に乗らないことだ。
あのとき、翌朝、梨人に言われたよ。お前、枕許になんか立ったろって。
わかってんなら、来いって言うんだ」
「それ、いつの話だ」
去年、と言うと、
「行きづらいだろ、夜中に。
子どもじゃないんだから」
と言う。
「いやあ、あいつはそんなこと気にしないぞ」
「――と、お前が思ってただけだろうが。
そんなことより、梨湖様。
何故、後部座席だ」
「あ?」
これじゃ、俺がお前の運転手みたいじゃないか、と冴木は文句を垂れる。
「あー、なんか癖になってんだ。
乗るったら、大抵、宮迫たちの車だったろ? 助手席は矢島だから」
「パトカーじゃねえぞ、これは。
ほんとに色気のない奴だ……」
「そんなことより、斉藤零児に関しての調べは進んだのか?」
「ああ、あいつ、最近まで大学側から選ばれて、海外留学してたんだ。
研修というか。
だから、例の事件の頃は、日本に居なかった」
「ひとつ、気にかかってることがあるんだが――」
「なんだ」
と言う冴木に、
「いや。
やっぱり、気のせいかもしれない。
もうちょっと様子を見てから言うよ」
とだけ言った。
「しかし、その扉を叩いた手と、覗き込んでいた血走った眼ってのは、なんなんだ?」
と冴木が訊く。
あれは、同じ人物の仕業なのか、それとも――。
「あ、梨人」
英凛で同じ模試を受けるのだろう梨人が、陸橋のところを歩いていた。
「降ろさんぞ」
「なんでだよ」
「蒲沢と児島都が噂になったら、困るんだろうが」
それはそうなんだけどさ、と梨湖は未練がましげに遠ざかる梨人の姿を追った。
連らしき人影が近づき、梨人に話しかける。
その親しげな様子に、なんとなく、ほっとしながらも、その中に入っていけない自分を淋しく思っていた。
そこから無理やり視線を引き剥がし、脚を組み、眼を閉じる。
自分の世界へと入っていった。
あの眼――。
何を見ていたのだろう。
板倉を?
それとも私を?
『私』ならば、あそこへ私を誘い込んだ板倉も、あの眼の共犯なのか?
いや、あいつの怯えた様子は本物だった。
『助ケテ――』
考えごとをしている間、冴木は何も言わなかった。
肌に当たる、少し冷えた秋の初めの空気が、余計に静かな空間を作り出す。
なんだかなー。
こいつと居ると落ち着くと言うか、楽なんだよな。
もう十年は一緒に居るみたいだ。
まるで梨人みたいに――。
「着いたぞ」
という声に、梨湖は、閉じていた目を開いた。
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