過去

 

「あった! こいつだよ!」


 梨湖は都の部屋のアルバムから、その青年の写真を見つけた。


 親戚たちが会食している中に写っているし、さっき都の母を、『叔母さん』と呼んでいた。


 やはり、従兄弟か何かなのだろう。


「こいつだよ、こいつ。夕方、都を訪ねてきたんだ」


 梨湖は冴木に向かって、それを示した。


 側のローボードに縋って珈琲を飲んでいた冴木は、へえ、と適当な返事をする。


「ぜんっぜん都の記憶になくってな。

 親戚だったのか」


 そう呟くと、冴木は、

「恐ろしいなあ、女って……」

と言う。


「恐ろしいって何が」


「都の中の強烈な記憶はお前、読めるんだろ?」

「ん。ああ」


「でも、その男の記憶はないわけね。


 ……俺はそいつが誰なのか知っている。

 最初に聞いていたからな」


「へえ。

 誰なんだ? この中途半端な男前は」


「都の恋人だ」


 ボトッと梨湖はアルバムを膝に落とした。


「ちょっと待て。

 もう一回言ってくれ。

 よく聞き取れなかった」


「そいつは、児島都の中学時代の恋人だ。

 都の母親の姉の息子」


「でっ、でも、都は梨人が初恋で―」


「そうそう。

 だからさ、別に好きだったとか、付き合ってたとか、そういうのじゃないみたいなんだ。


 あの親はいまいちわかってないみたいだがな。


 中学時代、都がうっかり好奇心で間違いを起こしかけた相手。


 後からバレたら困ると思って、最初に都の母親が言ってきた。


 それでもいいかって。


 なんというか……。

 都以上の世間知らずだな。


 みんなそんな過去は少なからず持ってるし。


 黙ってたって、バレることもないのにな。


 まあ、イギリスの大学に追い払ったのに、まだしつこくそうやって、その男が戻ってきてしまったりするから、後で面倒なことにならないように言ったのかもしれないが。


 それまでは可愛がってた甥だったんだろうし。複雑なところだな」


 梨湖様ー? と目の前で手を振られる。


「大丈夫か?」

「いっ、いや、ちょっとびっくりして……」


「だから俺、思うんだがな。

 都が本当に憧れていたのは、蒲沢梨人じゃなくて、お前なんじゃないかな」


「はい?」


「都はそいつと間違いを起こしかけたが、今では記憶からも抹消している。

 蒲沢に会って、そんな過去を激しく後悔したんだろ。


 だからこそ、都はお前になりたかったんだ。

 蒲沢梨人の側で、汚れも知らずに真っ直ぐ生きてきたお前にさ」


「……でも、都は私を激しく憎んでいる」


「莫迦だな。

 だから、憎んでるんだ。


 自分がなりたくてなりたくて、絶対なれないものだから。


 お前に憧れていたからこそ、死ぬほどお前が嫌いだったんじゃないか?」


 


 零児の家での話をしたあとで、冴木は帰っていった。


 梨湖は都の机の引き出しを開けてみる。


 奥に隠された日記帳。


 読まれてもいいようにか、たいしたことは書いてなかったが、その日記の間に隠すように挟まれていた写真が気になっていた。


 友人たちとカラオケに行った写真の間に、そっと混ざっていたのは、梨人と修平と、そして、梨湖が写っているものだった。


 隠し撮りらしい。


 都の性格なら、私のところは切り取りそうなものなのにと思っていたのだが。


 梨人に恋をして、過去を悔いた都――。


 いかんな、どうも同情気味になる……。


 それは今の状況ではよくないことだとわかっている。


 都の意識に引きずり込まれてしまうかもしれないからだ。


 梨湖はそれ以上考えるのをやめ、その写真を元の場所に戻した。











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