投影
「じゃあ、そのニンギョウが恵美子だっていうのか?」
と梨湖は梨人に訊き返す。
「あいつ神護山に居るんじゃないのか?」
「以前、恵美子がニンギョウの姿をとったのは、たぶん、単に警告のためだったんだろう。
だが、今回はもしかしたら、何処かこの近くにあるニンギョウを中継地点にして現れているから、そういう現象が起きているのかも」
「どういうことだ?」
「言ってみれば、影絵みたいなもんだ。
神護山から一旦、ニンギョウに向かって、恵美子の魂を送り込む。
ニンギョウという物体に向かって、光が照射された感じになるわけだな。
それで、まず、恵美子の魂は、ニンギョウとして投影される。
あのニンギョウ、麓に埋めていたせいで、恐らく、霊力の器みたいになっている。
だから、都も再々、あれを使っていたんだろう。
――どうした?」
考え込んでいる梨湖に、梨人が呼びかけた。
「いや、恵美子は出てこれるのにな、と思ったんだ」
「ん?」
「お父さんが出てこれないのは何故だろう」
梨湖は鞄を握り締め、秋空を見上げる。
「それは――
恐らく、恵美子よりも深く、神護山の霊力に食い込んでしまっているからだろう」
「頼まれたら断れない人だったらしいからなあ」
「そうやって聞くと、神の山の眷属も、町内会の役員みたいだな……」
「都!」
ふいに曲がり角からした声に、二人は話をやめた。
「
現れたのは、都の友人だった。
ちら、と真知は、梨人を窺い、都を見て笑う。
梨湖の後ろから、梨人は、妙によそよそしい声で言った。
「児島さん、それじゃあ」
ひい~っ、こいつ、こんな冷たい声出すやつだったか、と梨湖は一瞬、縮み上がった。
いやいや、世の女たちにはこうだったが、まさか私にまでこんな態度で接してくるとは。
のちのちのためにはこれでいいのだと思いながらも、頭の中で梨人を殴りつける。
去っていく梨人を見送っている友人に、
「あの人、冴木さんの知り合いだったの。
冴木さんが学校近いんなら、本返しておいてくれって言うから」
と説明する。
「そう。
でも、いいの? 都。
このまま冴木さんと結婚しても」
「え?」
「だって、ほんとにあの人のこと好きだったじゃない」
そう言われ、梨湖は胸が痛んだ。
都が見ていたのは、作り上げた偽物の蒲沢梨人だが。
それでも、自分はそれほどまでに男としての梨人を好きだったろうか、と疑問に思う。
ただ、私は梨人を誰かに取られたくないだけなのかもしれない――。
梨湖は、いつの間にか、友人と同じように、梨人の後ろ姿を見つめていた。
白いシャツが夕陽の色を透かしている。
確かに、昔のように一緒に家に帰っていけない自分を、淋しいとは思っているのだけれど。
「ただいまー」
と、まだ早いのに、門を開けながら梨湖は言ってしまう。
自分の家は、門を入ればすぐだったので、つい、癖でやってしまうのだ。
「都ちゃん」
いきなり後ろから呼びかけられて振り向く。
見たことのない大学生くらいの男が通りに立っていた。
カジュアルだが、すっきりとセンスのいいいでだち。
見るからにいいところのおぼっちゃんといった感じだった。
誰だ? こいつ、と見上げたとき、
「徹さん!」
と慌てて玄関から飛び出してきたのは、都の母だった。
徹は、びくりとした顔をする。
「貴方、いつ日本に戻ってきたの?」
「叔母さん……」
二人の会話を横に立って、ひとごとのように聞いていると、都の母はこちらに手だけで、いいから行きなさい、という仕草をする。
なんだか訳もわからず、梨湖はその場を立ち去った。
庭を通り抜け、離れた玄関のところから振り返る。
徹は、都の母と話しながら、心配そうにこちらを窺っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます