土曜日
夢―― 幻惑
目の前に、蒼い狐火がぽつぽつと並び、道を作っていた。
その先にあるのはお堂――。
狐でお堂ね、と思いながら見ていた梨湖の手を、いつの間にか誰かが引いていた。
梨人のものでも、冴木のものでも。
宮迫のものでもない手。
色が浅黒く、細い。比較的小さなその手は骨ばっていた。
その手の主は、こちらを見ずに狐火の中を歩いていく。
灯りにぼんやりと、ひょろりとした背中だけが浮かび上がっていた。
その細い背中に、梨湖は覚えがあった。
「……板倉?」
板倉は、がっしりと梨湖の手を握り、離さない。
その妙な生温かさが、やけにリアルだった。
「板倉――」
厭々ながら、そう呼びかけてみたが、彼は梨湖の手を掴んだまま、ずんずんお堂の方に歩いていく。
板倉がお堂の前で止まった。
その手は離されていたが、梨湖は自ら、堂の扉を押した。
古い木の軋む音がする――。
「おい」
「おい」
低い声で呼びかけられ、梨湖は目を覚ました。
上から自分を覗き込む鳶色の瞳に、梨湖はもうなんの文句を言う気も起きなかった。
「……冴木」
「康介、だろ?」
と勝手にベッドに腰掛けている冴木は言う。
今誰も居ないだろうが、と言いながら、梨湖は布団を跳ね上げ、起き上がる。
「板倉の夢を見た……。
いや、あれは恐らく夢じゃない。
板倉の魂が今、現実に囚われている世界。
強い結界だ。
何故、私があそこに入れたのかは知らんが」
「何故も何も、お前と板倉は一心同体だからな」
「え――?」
「だって、そうだろ?
板倉と『児島都』は、かつてひとつの身体を共有し、殺人を犯した。
『児島都』と」
と梨湖を指差す。
「板倉の魂は、まだ深い部分で一体化しているのかもしれない。
お前は今、都に寄生しているから、一緒に引きずられていったんだ」
「寄生か……確かにな」
とベッドを下りながら、梨湖は苦笑する。
「そうだな。
私は、板倉とも繋がっているのかも。
板倉を操っていた都の記憶も、物によってはリアルに見えるしな」
淡々と告げる梨湖に、冴木が一瞬、顔をしかめた。
生々しい都の殺人の衝動と現場。
板倉が手に受けた血や肉片の温かさと、歩き出したときに、脚に飛び散った冷えたそれの感触。
そして、都があの三人組に襲われかけたときの恐怖――。
ふっと顔を上げて大きなその男を見上げる。
「なんて顔してんだ。
仕方ないだろ? これも他人の身体に寄生している代償だ」
そう、わざと明るく肩を叩いて見せた。
こうしていても感じる。
都の殺人衝動の裏に潜んでいた、強い自分への憎しみ。
やはり、すべての原因は私だ。
これも私の罰なのだろう……。
「梨湖様」
「んー?」
振り向いたが、呼びかけた冴木は、何も言わない。
珍しく逡巡しているように見えた。
「なんだ?」
「いや……、どっか朝食でも食べに行くか?」
「此処で食ってけよ」
「苦手なんだよ、都の家族」
「うまくやってるじゃないか」
「表面上の付き合いは得意だからな」
梨湖は洋風の広い庭を見下ろし、言った。
「そういや、此処んちの朝食さあ。
美味しいんだけど、朝から量が多いんだよな」
「ああ、お前んちはまた、アバウトな朝食なんだろ」
「朝はさすがに梨人が居ないからな」
ははは、と笑いかけた表情が止まる。
側にあるカーテンを握り締めた。
ふいに騒がしい日常を強く思い出したからだ。
その想いを読んだように冴木が問うてきた。
「そろそろ帰りたくなったか?」
「ん。いや……別に」
と誤魔化すように答え、カーテンから手を離して、振り向く。
「ま、それはそれとして」
「ん?」
「朝起きたら、すぐ、何するかわかってるよな?」
笑顔で問うと、同じく笑顔のまま、冴木は、とぼける。
着替えるから出てけっ、と蹴り出した。
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