辻占の解釈

 

「昨日、マックでさー」

「なにそれ」


「それが最初に聞こえてきたんだ」


 アイスティーを啜りながら梨湖がそう言うと、

「ああ、それで此処なわけね。

 冴木管理官も居るのにマックなんて、どうしてかと思ったよ」

と宮迫は騒がしい店内を見回して言う。


 梨湖はあのまま多くを語らず、あの辻から一番近い店舗に全員を連れて来ていた。


「パソコンの方かもしれないだろ。

 っていうか、それが辻占の結果か!?」


 不機嫌そうに、冴木並みに店に馴染んでいない梨人が言う。


「それは最初に聞こえた言葉だってば。

 殴られたんだそうだ、死んでたのに」


 二階の窓際に陣取っていた梨湖は、下を歩いている人間たちを見下ろしながら言った。


 そもそも、辻であの手の占いをするのは、人の多い場所だからだ。


 だが、こんな風に雑多な人々が行き交う中で、本当に占いの結果を、正しく読み取れる人間がどれほど居るというのだろう。


 つい、自分に都合のいい言葉ばかりを選んでしまったりはしないだろうか。


「それは、もしかして、今回の被害者の言葉?」


「今回の――

 うん、そうかな。


 私にもよくわからないんだが。

 以前の被害者とか、他の霊の言葉を拾ってしまった可能性もあるから」


「いや、たぶん、間違いないだろう」

 遅れて上に上がってきた冴木が言う。


 その手にある、程よくチープでカラフルなトレーが、とてもとても似合っていなかった。


「梨湖様、お前にゃ言ってなかったが、今回と前回で明らかに違う点がある。


 前回は生きてるところを殴打されて殺されてるんだが、今回は、別の方法で殺されたあと、殴りつけてられているんだ」


「え――」


 だからお前の辻占は恐らく成功している、と言いながら、冴木は梨湖の前の席に腰かけた。


「お前、なんでそれを私に黙ってた」


「こういうこともあろうかと思ってな。


 あらかじめ知らないお前がそう言いだしたのなら、それは確かに被害者の霊かもしれないと当たりをつけられるだろ。


 まあ、今回は、お前の力が不安定そうなんで、宮迫にやらせた方がいいかとも思っていたんだが、ちょうどよかった」


 その言葉に、梨湖は舌打ちをする。


 ほんとにこいつ、何処まで私を信用してくれているのやら、と思った。


「ついでに今、さりげなく店員に訊いてきたんだが、別にこの店と、被害者も事件も今のとこ、なんの関わりもないようだった」


「こういうときは役に立つよな、スケコマシ」


 警察手帳を出さずとも、相手が女なら、つるっと上手いこと訊き出せるようだった。


「全然、心の籠もっていない感謝の言葉をありがとう。

 しかしまあ、犯人がよく此処に立ち寄るとかいうんだったら、わかりようもないけどな」


 そりゃそうだ。

 そんなこと店員にだってわかりはすまい。


「結局、辻占でわかったことってなんだ?

 殺されたあと殴られてたことは、お前ら知ってたんだろう?」

と梨人が言う。


「仕切るなあ、お前」

と言いながら、冴木はそう嫌そうでもなかった。


 あの梨人があんまり相手にされていない、と思った。

 梨人を子ども扱いしているから、たいして腹も立たないのだろう。


「それにしても、彼は何者なんだろうね」

 宮迫が呟く。


 斉藤零児。


 あれもまた、辻占の結果なのだろうか――?


 いや、もしかしたら……。

 そう思ったとき、冴木が言った。


「あいつ自身が事件に関係あるのか。あいつが何かの手がかりになるのか。

 それとも単なるアドバイザーなのか」


「アドバイザー?」


「あいつ、民族学をやっていると言ってたな。

 辻占にも詳しそうだった。


 俺たちに知恵を授けてくれるために、誰かが遣わしてくれたアドバイザーなのかもしれないぞ。

 梨湖様、あのとき、正確には何を占った?」



「占ったというより、願ったのかもしれないな」


 事件の解決を――。


 もちろん、板倉の刺殺とあそこでの事件との関連性を問いはしたのだが、心の奥底で、一番強く思い浮かべていたことは、恐らくそれだった。



 

 「んじゃー、俺たちは仕事に戻るんで。

 蒲沢、梨湖様送ってけ、近くまで」


 結局、とりあえず、斉藤零児と接触してみるということでケリがついた。


 続きは明日ということで、梨湖は梨人に送られることになったのだが。


「いや、それはちょっと……」

と梨湖は断る。


 梨人が、ちらと、こちらを見た。


「なんだよ、物騒だろ。


 ああそうだ。

 都の親から飯を食わせてやれと頼まれてるから、時間が取れたら後で行く」


 冴木はそう言うと、さっさと宮迫たちの車で帰ってしまった。


 後には二人だけが残される。


 電柱の側に、ふたり、ぽつねん、と立っていた。

 やがて梨人が、こちらを見ないまま、口をきく。


「なんだ、俺じゃ嫌なのか」

「そうじゃなくて……」


 都の視界から見上げると、梨人が大きく見えて、妙な感じだった。


「そうじゃなくて、その――

 一緒に帰ってるところを誰かに見られたら厭だから」


「はあ?」

 梨湖らしくない発言に、梨人が訊き返す。


「あー、もうっ、わっかんないかなっ!?

 私はお前と都が噂になるのが厭なんだっ!」


 思わず叫ぶと、梨人は黙って、こちらを見ていたが、やがて、噴き出した。


「……なんだよ」

と人の必死さを笑う梨人を梨湖は恨みがましく見上げる。


「いや、お前でも、そんな女みたいなこと気にするんだな、と思って」


 そう言う梨人は機嫌よさそうだった。


「お前っ、お前はすぐ忘れるようだが、私は梨湖じゃない。

 児島都なんだっ。


 私が居なくなったあと、お前と都が噂になるなんて、私には――っ」


 歩きながら、尚も言い募るが、梨人は、さして気にしている風でもなかった。


「あー、もうっ。

 お前って、細かくて、どちらかと言えば、女性的だと思ってたんだが、そういうところは男だなっ」


 ちっとは気にしろ、と言ったが、梨人は他人事のように笑いながら、少し前を歩いている。


「待てっ、梨人っ!

 都の歩幅じゃ、追いつかないんだよっ」


 小柄な都の足で必死に歩きながら、梨湖は梨人の白いシャツを掴んだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る