辻占
「梨湖ちゃん」
四つ辻の地蔵尊を見ていた梨湖は、そう呼びかけられ、振り返る。
夕暮れの通りに宮迫が立っていた。
「なにしてるの?」
「ああ、呼び出してすまん。ようやく身動きが取れるようになったからな」
都の両親は、都を友人たちに見張らせてるんだ、と言うと、宮迫は顔をしかめた。
「なんで?」
「そりゃ、突然、娘が塾帰りに連続殺人犯に襲われて入院してたんだ。不安にもなるだろ。
ましてや、犯人はまた行動を開始している。
犯人の何かを知っているかもしれない娘が狙われるかもと考えてもおかしくないだろう?
……でもなあ」
と梨湖は溜息を漏らした。
「でも?」
「都の両親が異常に冴木を歓迎することもさ。
家同士のメリットがどうとかいう以前に、警察の人間である冴木が付いててくれると安心っていうのがあるんじゃないかと思ってたんだ。
でも、どうもそれだけでもないような……」
しかし、では何が原因かと問われると、よくわからないのだが―
「なんか変なんだ、都の両親。
可愛がってくれてはいるんだよ。ときに鬱陶しいくらい。
でもな、ちょっとこう、距離があるっていうか。腫れ物に触るようなっていうか」
「まあ、そうだろうね」
と宮迫は冷静な声で言う。
「そうだろうねって?」
「君は都に対して、あまり予備知識がないまま入れ替わった。
それなのに今まで気づかれなかったなんて、通常の親子関係じゃありえないよ。
たぶん、君は今、バレないよう、常に構えて両親に接している。
つまり、都自身が元々親に対してそういう態度をとってたんだ。
だから違和感を覚えない。
あんまり娘の内側にも踏み込まないから、その変化にも気づけない。
何が過去にあったのか知らないけど、それ以前からそういう親子関係ではあったんじゃない?
そうじゃないと、あんな風に都が歪んだ人間にはなるはずがないよ」
「批判的だな」
と梨湖は苦笑する。
「だって、僕は都を許せない。
都はあれだけ君を苦しめ、大勢の人を手にかけた。
君は都を許せるの?」
真剣に問う宮迫の後ろで、塀からはみ出した柿の木の枝が、風に少し揺れていた。
「都の身体に宿っておいてなんだが、私も都はあまり好きじゃない。
だからこそ、都という人間を理解したいと思う部分もあるんだ」
「不可解だから?」
「まあ、そうだな。
ところで、お前は、都は死んだ方がいいと思っているのか?」
「そうだね。警察では彼女の罪は立証出来ないし……」
と言いかけ、はたと、気づいたように言う。
「あー、でも今は駄目、今は!
君が入ってるし!」
と慌てて言う宮迫になんだか笑ってしまった。
「何故、事件が再発し、その直後に板倉が殺されたのか――」
夕暮れの中の小さな祠を見ながら、梨湖は呟く。
その祠の中には、赤いヨダレかけをかけた地蔵が居り、その前には饅頭がふたつ供えてあった。
「宮迫、お前の目には結界が見えてたんだな」
「うん。
強い結界があって、僕は板倉の意思に近づけなかった」
「私はそれを感じなかった。
板倉は私に接触してきて、言った言葉は
『きつね』」
きつね、と宮迫は口の中で繰り返す。
「僕が見た結界と関係あるのかな?」
「……かもな。
まあ、その辺のことはよくわからないが。
お前だけが結界に阻まれたことを考えると、その結界は、やはり犯人と関係あるもの、ということになるか。
板倉はまだ混乱している。
お前なら奴の魂から最期の情景を読み取れるかもしれないが、私には、あいつの口から語られることが全てだからな。
特に害はないと結界に判断されたんだろう」
「それで?」
「ん?」
「僕を此処へ呼び出した訳は何?」
「……なんだ。
何か奥歯に物が挟まったような言い方だな」
と梨湖は笑う。
「なんだかさっきから、キナ臭いものを感じてるんだけど」
「そうか?」
「何もないのなら、なんで、その人、そこに隠れてるわけ?」
と宮迫は、梨湖の斜め後ろの角を指差した。
梨湖は振り向いて言う。
「もういいぞ~、出てきても」
ちっ、と舌打ちしながら姿を現したのは冴木康介だった。
「俺が居ない方がスムーズに進むと思ったのに」
宮迫は冷ややかに冴木を見て言った。
「何やってんですか、暇ですね」
「……お前最近、強気だなあ、ホント」
と冴木が愚痴る。
「いや、ちょっと提案があってな」
梨湖は冴木が言い終わらないうちに言葉を引き取る。
「こいつ、前回コックリさんがなんのかんの言いながら解決の糸口になったのに味をしめて、今回もやってみたいって言うんだよ」
「解決の糸口?
どっちかっていうと、混乱の糸口だったような」
と宮迫は眉をひそめる。
「まあ、ともかくだな。
私はもうコックリさんは、うんざりなんだよ。
そこでだ。
ちょうど此処、新たな死体が発見された場所は四つ辻じゃないか。
板倉の刺殺と、今回の事件の関連性について、此処でひとつ、
「……どうして最初から超常的な力に頼るの。
っていうか、なんでそこで、僕を呼ぶの」
「なんでって、そりゃ、お前――」
と梨湖は苦笑いする。
「ともかくさー、お前もわかってるだろ。
そのくらい状況的に煮詰まってるんだよ」
「んで、宮迫の力を利用しようと。
あんたら、二人とも今、力が不安定みたいですからなあ」
「矢島!
っていうか、梨人!?」
何故か梨人を連れた矢島、というか、雰囲気的には、矢島を連れた梨人が立っていた。
「なんで二人がペアで現れるんです」
と宮迫は不満げに言う。
「お前が嬢ちゃんからの呼び出しだって言うんで、いそいそと俺を置いて行っちまうからだろうがよ」
「……だからって、梨人くん迎えに行ってまで、覗きに来ることないじゃないですか」
と力なく宮迫は言う。
「しかし、まあ、状況はわかりましたよ。
梨人くんは今、身体が本調子じゃないし。
使えるのは僕だけだから、お前やれってことですね」
「まあ、端的に言うと、そうだな」
と冴木は素直に認める。
「しかし、辻占って、じいさんが街角で筮竹持ってやってるあれだろ?」
と言った矢島に、宮迫は違いますよ、と顔をしかめて言う。
「そっちじゃなくて。
たぶん、彼女たちが僕にやらせようとしているのは、辻を通りかかった人の言動で占うっていう、昔からある占いですよ」
「人の言動?」
「耳に入ってきた、通りかかった人の言葉やなんかを解釈して占うんです」
「なんか、てきとーそうだな。
たまたまだろ、そんなの」
いや、と梨人は眉をひそめて言った。
「そうとも言えない。
辻という場所はあの世とこの世の境だからな」
「人ならぬものが答えてくれるって訳?」
と宮迫が揶揄するように嗤う。
ふと梨湖は視線を地蔵の前に落とした。
そこに、ぱらりと米が落ちている。
しゃがみ込んで手を伸ばすと、
「どうした?」
と冴木が問うた。
「いや……米が」
「お供え物だろう?
そんなことより、宮迫。頼むよ」
カラッと陽気に頼まれ、宮迫もかえって断りがたくなっているようだっ た。
だが、米を見つめていた梨湖は、ふっと立ち上がる。
「私がやるよ」
口を開きかけていた宮迫が止まった。
「えっ?」
「気が変わった。
私がやる。
お前ら――
散れ」
おい、梨湖……と梨人が心配そうに呼びかける。
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