山田連


「しっかし、桜井もタフだよな」


 チャイムの音を聞きながら、連は梨人とともに、クラスの方に向かっていた。


 ちょうど体育館から戻ってきた生徒たちが、通用口から階段に向かい、わらわらと移動しているところだった。


「この間、刺されたばっかりなのにさ。

 犯人まだ捕まってないんだろ?」


 梨人? と返事がないのを気にして振り返る。

 梨人は足を止めていた。


「どうし――」

「連、俺、ちょっと早引けするよ」


「えっ、なんでだよ」

「具合が悪いんだ」


「……思いっきり棒読みだぞ、お前」


 連は梨人の腕を掴んで引き止める。


「おい、待てよ。幾らお前でも、これ以上の早退や欠席は……」


「連」

 梨人は笑顔を作って言った。


「放せ」


 ……はい、と連は素直に手を放す。


 こええんだよ、こいつ。

 顔が奇麗なだけに、

と引きつり笑いを浮かべた。


 それに、そんなに長い付き合いではないが、梨人とうまくやっていくコツは、彼が追求されたくない部分、他人に踏み入られたくない部分に、絶対、触れないことだとわかっていた。


 だが、本当の友人になりたいのなら、いつかはその壁を越えねばならないのだということもわかっている。


 踵を返して行こうとする梨人に向かい、連は、ぽそりと呟いた。


「でもな、俺。

 お前と一緒に三年生やりたいし。

 一緒に卒業したいんだよ。


 まあ、お前にとってはそんなこと、なんの意味もないことなのかもしれないけどな」




 昇降口まで来た梨人は、ふと、靴にかけた手を止める。


 なんとなく連の言葉が頭の中で廻っていた。


 呑気に授業など受けている場合でもない気がするのだが。


 確かに、自分が留年したりしたら、さぞ、梨湖が気に病むことだろう、と思う。


 ……梨湖のためだからな。決して、連が余計なことを言ったからじゃないからな。


 あそこは宮迫たちの管轄だ。


 彼らが動いているのだろうし。

 あとで、話を聞かせてもらえばいいか、と梨人は靴から手を離し、教室へと戻っていった。









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