事件現場

 

 そういえば、都が掘り出したあのニンギョウはどうなっているのだろうと梨湖が思ったとき、


「あー、厄介な奴らが来やがった」

と冴木が舌打ちをした。


 すぐ側の通りに何処かで見たようなオンボロ車が着いている。


 宮迫たちだ。




「梨湖ちゃん!」

 車から降りた宮迫は、思わず声を上げていた。


「おやおや、嬢ちゃんに冴木まで。さすが、早いな」

と遅れて降りながら、矢島が言う。


 近くに居た同じ所轄の刑事、松田が宮迫の許に寄って来た。


 挨拶もそこそこに、

「なんで冴木管理官が居るんですか? あの人の管轄じゃないでしょう?」

と宮迫は、関係のない彼に、つい問い詰めるように言ってしまう。


 いや、板倉が死んだのだ。


 事件の真相を知る自分たちからすれば、冴木が出てきてもおかしくはないのだが、梨湖が一緒というのが面白くなくて、つい、強い口調で訊いてしまった。


「ああ、なんだか、例の事件と関連があるんじゃないかって、様子見に来たらしい」


 熱心な冴木の態度に、松田は好感を抱いているようだった。


「それより、あの子――。

 さっきは気づかなかったが、児島都って、あの児島都じゃないか?


 写真でしか見たことなかったからなあ」

と梨湖の方を窺いながら言う。


 もうみんなにも事件の記憶は戻っている。

 第三の被害者、児島都についての知識もあるはずだった。


「冴木管理官の許婚って聞いたけど。

 あの事件のとき、なんにも言ってなかったのになあ」

と首を捻っている。


「なんでも、最近、許婚だって知ったらしいですよ。

 そんなもんなんじゃないですか、ああいう家って」


 そうか、と相槌を打ったあとで、松田は少し淋しそうな顔をする。


「お前、ずいぶんと冴木管理官と親しくなったんだな」

「え?」


「だって、今までそんなプライベートなことまで話すような仲じゃなかったろ?」

「いえ、それはたまたま―」


「やっぱ、本庁に戻るってほんとなのか」


 黙っている宮迫に、ちょっと淋しくなるかな、と松田は肩を叩いていってしまう。


 警官たちと話している彼の姿を見ていると、矢島が言った。


「最近、周りの態度、変わってきたろ」


 振り返ると、矢島は面倒くさそうに頭を掻きながら言った。


「お前が向こうに戻ったら、ちゃんとキャリアとして扱われるようになるって皆わかってるんだ」


 そういえば、現場を守る警官たちの態度も、今までよりも畏まっていたように思えてきた。


「僕も――」

「ん?」


「僕もなんだか淋しいです」

と宮迫は風に揺れる公園の木々を見ながら呟いた。




「なにしに来た」

 側まで行くと、腕を組んでこちらを見下ろした冴木が偉そうに言う。


「いや、お前……なにしに来たって、お前の方がなにしに来ただから」

と梨湖が側で言い、袖を引く。


 自分たちのために言ってくれているのはわかっているのだが、その仲良さげな様子に、なにやらムカついた。


 すべての事件の記憶が戻った今、前の捜査本部が中谷博昭を犯人と断定したのは、間違いだったとわかっているのだが、何故かそれは、捜査主任官であった冴木のミスにはならなかった。


『だから私は違うと言ったじゃないですか』

と繰り返し上層部に対しても主張したというが、その主張だけで責任逃れができたとも思えないのだが。


 一体、どんな権力を使って、なにをしたのやら。

 相変わらず、冴木の周りはいつも怪しい。


 そんな人間の側に梨湖を置いておきたくないはないのだけれど――。


 少なくとも今の梨湖には、冴木が必要なことはわかっている。

 知る者も居ない児島の家で、頼りにできるのは冴木だけなのだろうから。


「なあなあ」

と梨湖が手招きしてくる。


 顔を寄せ、小声で、

「板倉、見えるか?」

と訊いてきた。


 久しぶりに嗅いだ梨湖の香りに、どきりとしながらも、現場の中を窺った。

 茂みの側に板倉が、ぼんやりと立っている。


「ああ……うん」


「なんか言ってるか?」

「いや、よくはわからないけど……」


「お前は、その場に残った人間の意志から、過去の情景を読み取れるんだろ?

 ちょっと見てくれないか?」


「うーん。

 向こうがその気でないとちょっと難しいんだけどね」


 しかし、確かに、板倉がまだ刺された直後のまま、茫然としてるとしても、その状況を何度も頭の中で再現している可能性はあった。


 だが――。


 あれっ?と思わず声を上げる。


「どうした?」


「……結界」

「結界?」


「なんだろう。結界のようなものがあって、板倉の意思に近づけない」

と目を細めた。


 視界の端に松田が入る。


 松田はこちらを窺っていたようだが、自分と視線が合うと、ふいと行ってしまった――。







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