ベレー帽と制服


 入り口に長い黒髪の美しい少女が仁王立ちになっていた。

 少し顎を突き出し、人を見下すように見る。


 それでいて、何処となく愛らしく感じるのが不思議だった。


 少しオリジナルに比べて小柄な身体に、膝丈の制服がよく似合っている。

 彼女は人差し指で、脱いだベレー帽をくるくる回して言った。


「私が眠っているうちに都が出ていってれば別だがな。

 ま、そんな元気があるんなら、すぐこの身体を返してやるんだが……。


 うわっ、なんだっ!?」


「梨湖ちゃんっ!」


 思わず側に来た彼女の腰に抱きついてしまい、梨人に引き剥がされる。


「落ち着け、宮迫。それは児島都だ」


 久しぶりの逢瀬を邪魔され、

「じゃあ、君は割り切れるのっ?」

と梨人にまで喧嘩を売ってしまう。


「俺は都様だろうが、梨湖様だろうが、中身が一緒なら構わんが」


 にやにや笑って他人事のように見ていた冴木が口を挟む。

 梨湖は後ろを通り、冴木と自分との間に座った。


 冴木への反発から、つい間を空けてしまったが、梨湖が来るとわかっていたら此処は空けなかったのにと悔やむ。


「私、珈琲な」

と梨湖が冴木に言い、冴木がウェイトレスを呼ぶ。


 なんだか阿吽の呼吸のように見えた。

 無言でそれを見ている梨人を、ちらと窺う。


 この二人はあれから会っていないのだろうか?


 まあ、梨人くんがそんな間抜けだとは思えないけど。


 だけど、自分も梨人くんも、児島都には、なかなか近づけないのも事実だ――。


 放任だった鏑木家とは違う。


 今や、彼女の側に簡単に行けるのは、この冴木康介だけなのだから。


 梨湖や矢島となにごとか話し、笑っている冴木を見る。


 どんな意図があるのか、梨湖のことは好きではないと言いながら、あっと驚く早業で児島都の婚約者に収まってしまった冴木をねたましく思わないはずはない。


 そして、それこそが、自分の冴木に対する反発の根源だった。


 ベレー帽を膝に置き、違和感なく冴木と話している児島都は、もともと似ている上に、梨湖が入ったせいで、ますます梨湖本人に似て見えた。


 ただやはり、二廻りくらい小柄だし、本人ほどの鮮烈さはない。


 そんなことを思いながら、かつての恋人が入った別の女を、ぼんやりと眺める。


「あれ? なんだ?」

と、そこで、いきなり振り返った梨湖に、どきりとして身を引いてしまう。


 やってきた自分のダージリンを見て、

「お前、紅茶党だっけ?」

と訊いてくる。


 違うよ、と慌てて手を振った。

「君が来るって知ってたら珈琲頼んだよ」


 もちろんそれだけでは、誰も意味がわからなかったらしく、不審げに見られる。


 ただ、冴木康介だけが、何故かこちらを見て笑っていた。




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