秘匿性

 そして現在、九龍はレジスト国に在住している。ある日の正午、仕事の休憩時間を迎えた彼は、喫煙所に赴いていた。そしてタバコを口にくわえ、彼はライターでその先端に火をつける。鼻腔から煙を漏らし、九龍はズボンのポケットから携帯電話を取り出した。彼が画像フォルダを漁れば、そこには彼自身が地球国に住んでいたころの写真がある。家族に囲まれている彼の表情は、屈託のない笑顔だ。この当時、まだ楽園システムがなかったころ、彼は平穏な時を過ごしていたのだ。


 そんな彼の横から、一人の男が顔を覗かせる。

「何を見ているんだ、九龍」

 そう訊ねた彼は、九龍の上司だ。九龍は慌てて携帯電話をポケットにしまい、愛想笑いを浮かべる。

「な、なんでもないですよ」

「……あの写真、故郷の写真じゃないのか? そんなものを残していたら、将軍様の理念に反するだろう。消しておけ」

「え? で、でも……」

 あの写真は、彼が家族とつながっていた唯一の痕跡だ。それを削除することを、彼が是とするはずなどない。しかしレジスト国に住む以上、サムに逆らえないこともまた事実だ。上司は九龍のポケットに手を入れ、携帯電話を取り上げる。

「今この場で、スマホを破壊しても良いんだぞ」

 無論、上司は正気だ。あの写真を見てしまった以上、彼もサムの理念に従わなければならないのだ。九龍は唇を噛みしめ、数瞬ほどうつむいた。されど彼には、選択権などない。

「……わかりました。消します」

 それが九龍の答えだった。彼は上司から携帯電話を受け取り、自らの手で家族写真を削除した。



 *



 一方、ジョニーはカーテンの閉め切られた自宅にて、ノートパソコンを睨みつけていた。彼の指先は、俊敏な挙動でキーを打っていく。その画面に映されているものは、ワードソフトとチャットだ。もちろん、SNSが制限されているレジスト国においては、チャットを扱うこと自体が本来であれば不可能なはずだ。それでもジョニーの胸には、国に抗う覚悟が宿っている。


 チャットの相手は、地球国の人間だ。さっそく、その相手から送られてきたメッセージが通知される。

「お前、そろそろ死ぬんじゃないか? あんなレジスト国に否定的な記事ばかり書いて、命が惜しくないのか?」

 何やらジョニーの仕事は、レジスト国の内情を世界に発信することらしい。無論、秘匿主義で成り立っているこの国において、それは売国行為に等しいものだ。ジョニー本人も、そんなことは承知の上だろう。

「オレ様の仕事は真実を伝えることだ。それに、暗号化やステガノグラフィみたいに、色々な技術を使って検閲を突破している。頼れる防弾ホスティングサービスも使っているから、オレ様の正体もなかなかバレないだろうしな」

 それこそが、彼がチャットを利用できている理由だ。彼は技術によって様々な規制をかいくぐり、レジスト国における「不正行為」によってインターネットを活用している身の上である。チャット欄に、再びメッセージが現れる。

「まあ、健闘を祈るよ。それで外から見たレジスト国に関してだが、秘匿性がありすぎて胡散臭く見えるというイメージが強いな。一方で、小さな分裂国家だから破綻しそうとも言われている」

 それはまさしく、地球国で報道されていた通りの印象であった。少なくとも、この内通者は嘘をついていない様子だ。

「オッケーだ。細かい情報は、いつものようにPDFで送ってくれ」

「わかった」

「アンタだけが頼りだ。ダークウェブを介してこんな話ができる相手は、アンタくらいしかいないからな。また話そう」

 確かに、ダークウェブを用いてまでレジスト国民と話す者は、いくら地球国が広いとはいえ珍しいだろう。


 一先ずチャットを終えたジョニーは、記事の編集に集中し始めた。

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