世に幸あれ

 一方、レジスト国では、官邸の前に人だかりができていた。彼らに見守られる演説台に、軍服を着た男が現れる。その直後、観衆はまるで打ち合わせでもしていたかのごとく、一斉に頭を下げた。


――軍服の男はレジスト国の指導者にして、建国者だ。彼はその名を、サム・エドウィンと云う。

「同志たちよ、頭を上げるが良い」

 その第一声は、スピーカー越しに響き渡った。人々は一斉に背を伸ばし、サムの次の言葉を待つ。その周囲では赤い旗が風になびいており、広場の中央にはサムの銅像まで立っている。


 サムは話を続ける。

「強者が弱者を不都合だと言って排除し、便利だと言って搾取する! そんな仕組みで国を回し、市民のあらゆる愚かさを肯定する! それが楽園主義だ! 我々レジスト国民は、御神玲威に屈してはならない!」

 この国家は、反楽園主義国家だ。それ自体は何も問題ないが、レジスト国が妙であることに変わりはない。一方で、楽園主義に不満を抱く者たちがいることもまた事実だ。この分裂国家に流れ着く者は粗方、反楽園主義者である。そして彼らの指導者は、その感情を著しく煽り立てる。

「世に幸あれ! 世に幸あれ! 世に幸あれ!」

 サムは大声でそう唱えた。その後に続き、観衆も口々に声を張り上げる。

「世に幸あれ!」

「世に幸あれ!」

「世に幸あれ!」

 何やらこの言葉は、レジスト国のキャッチフレーズのようなものらしい。やがて彼らの声が鎮まるのを確認し、サムは演説を続ける。

「ここに逃げてきたオマエたちは誰よりも賢く、そして気高い者たちだ! いずれは我々が、あの腐った仕組みを破壊しよう!」

 レジスト国の目的は、ただ楽園システムから逃れることだけではない。ここに集まる者たちは皆、あの仕組みを壊そうと考えているのだ。無論、世界を変えるためには先ず、この矮小な国を強くする必要があるだろう。

「先ずはこの国を本当の楽園にする! 弱者を虐げて回っている国を楽園と呼ぶような連中に、本当の楽園というものを見せつける時だ! 世に幸あれ! 世に幸あれ! 世に……幸あれぇ!」

 繰り返されるフレーズにより、観衆の士気は高まっていく。

「世に幸あれ!」

「世に幸あれ!」

「世に幸あれ!」

 その様はさながら、カルト教団のようでもあった。ここに集まる者たちはレジスト国を信じ、そして指導者であるサムを信じているのだ。


 ここでサムは演説を切り上げる。

「ご苦労だった、同志たちよ。これより、軍事パレードを行う」

 演説が終わったことに伴い、観衆は一斉に道を開ける。この広場は演説の場でもあり、軍事パレードの場でもあるのだ。


 パレードはそれからすぐに始まった。軽快な行進曲が演奏される広場にて、銃を構えた兵隊が足並みをそろえて行進している。彼らの顔や体型に差異はあっても、服装や動作はまるで同じだ。一寸の狂いもなく同じ挙動をする兵隊は、まるで機械仕掛けの人形のようでもあった。そして道の両脇に並んでいるのは、レジスト国の国旗を持った者たちだ。また、道の中央では戦車が徐行しており、このパレードは見るからに軍事力を誇示するためのものであった。


 列を為す兵隊の後方を歩いているのは、サム・エドウィン本人だ。彼が目の前を通りかかるたびに、人々は頭を下げるか、あるいは敬礼する。ある者は忠誠心、またある者は恐怖によって指導者を敬うのだ。


 地球国の国民が油断している一方で、レジスト国は完全に戦いに備えていた。


 無論、この国の指導者に疑問を抱いている国民も、一定数は存在する。さりとて、彼らが声をあげることは難しいだろう。言うならば、レジスト国は独裁国家でもあるのだ。サムが具体的に何を考えているのかは、定かではない。彼が観衆に向ける微笑みさえも、どこか胡散臭いものであった。

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