分裂国家

無防備な大国

 民間放送局では相変わらず、妙なニュースが報道されている。

「楽園システムが稼働して以来、行方不明者が相次いでいましたが、その人数は今も増加傾向にあります」

 これまで多くの悲劇を招いてきた楽園システムであれば、行方不明事件くらいなら誘発してもおかしくはない。それでも、あの仕組みがどのように人々を失踪させているのかは、国民の興味を惹くものだ。そこでアナウンサーは、ニュースの読み上げを続ける。

「地球政府の見解では、国民がレジスト国に流れている可能性があるということです」

 世界は一律に楽園主義を強いられたようで、実は未だに国境が存在するようだ。否、正確には、楽園主義の反動がこの国境を生んだのだ。そもそも、地球国民の多くは、レジスト国の内情を知らない。

「レジスト国の動向はいまだ分かっておらず、大多数の国民が望む通り、地球政府は万事に備える方針です」

 言うならば、その国は警戒対象であり、正式には国家承認されていないのだ。


 このニュースを見ていた一家がいる。娘と思しき少女は、事の詳細について質問する。

「お母さん。レジスト国ってどんな国なの?」

「分裂国家。わかりやすく言うなら、地球国から独立した国のことだよ」

「へぇ、そうなんだ」

 楽園主義が反感を招くことは当然だが、その結果として分裂国家まで生じているのが現状だ。識者の多くはこのことを警戒しているが、大衆はそうではない。庶民の多くは、自らの身の安全が確約されていると考えている。否、正確には、彼らは何も考えていないのだ。


 レジスト国の存在についてどう考えているか、街中で聞き込み調査が行われる。

「まあ、自己責任じゃないかな。楽園主義が合わないって人を寄せ集めてレジスト国に送り込んで、それで何も問題がなければ、俺はそれで良いと思う」

「専門家の見解では、インフレーションが進んだ国は貿易でしか資源を安価で確保できないんでしょ? 国境のない世界で経済を回すのにも限界はあるし、レジスト国を利用できれば良いんじゃないかな」

「うるさい奴ら全員あそこに行けば良いのにねって思います」

 大衆からすれば、レジスト国の存在は極めて好都合なものとして考えられている。それは識者たちの見解とは大きく異なるものであったが、もはやそんなことは関係ない。人々にとって、正確な情報よりもわかりやすい誤情報の方が価値は高いのだ。


 無論、庶民全員が平和に麻痺しているわけではない。中には、レジスト国の存在に対して否定的な声もある。

「あの国の内情がわからないのは不安になりますかね。何を企んでいるのかわかったものじゃないですし」

 不透明な存在は、疑うに限るだろう。特に、それが分裂国家であればなおのことだ。


 されど、民の多くは賢明ではない。レジスト国を怪しいと考えながらも、まるで危機感を持たない者もいる。

「まあ、仮にあんな小さな国が何かし始めても、地球国陣営に分があるのは変わらないと思います」

 無論、そう語った彼が油断しているのも無理のない話ではある。地球国の領土は、おおよそレジスト国以外全ての土地だ。中には人の手の及んでいない土地や、何も資源を得られない無価値な土地もあるだろう。いずれにせよ、レジスト国は小さな分裂国家だ。国土の狭さが軍事力の低さを確約するわけではないが、地球国民の多くはレジスト国を無力だと考えている。

「以上で、ニュースをお伝えしました」

 アナウンサーの一言を合図に、国民の失踪に関するニュースは終わった。日頃から時事問題を世間に伝えている彼は今、民の危機感が欠如している現状をどう考えているのか。その無機質な眼差しの奥にどんな思いが宿っているのか、それは誰にもわからない。


 地球国は最も大きく、最も無防備な国家である。

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