討論番組

 翌日、一郎は討論番組に呼ばれた。

「ワタシは井上拓海――人権活動家です」

「俺は川代一郎。しがない動画配信者だよ」

「今回は、実りのある議論を期待します」

 一先ず、これで双方が挨拶を済ませた。いよいよ、討論の幕開けである。オーディエンスに見守られる中、先に口を開くのは一郎だ。

「俺思うんだよね。人権で商売してる人たちがさぁ、騒いでさぁ、社会に迷惑をかけて素知らぬ顔をしてるの、本当に人権を尊重している人たちが割を食うんじゃないの?」

 それが彼の第一声だ。彼の言葉に、観客たちは深々とうなずく。一方で、拓海もそう簡単には折れない男だ。

「ワタシは本当に人権を重んじています。その、決めつけてかかるの、やめてもらえませんか?」

 根拠のない人格否定には負けない――それが井上拓海という男だ。しかし相手は、口先だけで食べてきた人気配信者だ。少しでも気を抜けば、拓海は煙に巻かれることとなるだろう。さっそく、一郎がジャブを入れ始める。

「騒げばお金が貰えるから騒ぐんでしょ? お金のためじゃなかったら、なんのためなの? 俺思うんだよね。人権、人権って、口にするのは簡単だけどさぁ、じゃあ例えばだよ? あくまでも、例え話だからね?」

「なんですか。もったいぶらずに早くお聞かせください」

「仮にもし俺があなたの家族を殺すとして、その理由が俺の信仰だったらさぁ、あなたは俺を守るの? 人権だからって理由で守れるのかって聞いてんの」

 それはあまりにも、極端な話であった。しかし肉声を介した論争において、言論の正確性は無力だ。結局、相手を黙らせ、混乱させ、隙を生み出すことが、対面での論争の要となるのだろう。


 案の定、拓海は上手く反論できない。

「そ、それとこれとは、話が……」

「はい、言うと思った。ほとんどの人間が他の誰かにとっての友人または家族なのにさぁ、被害者の想いを蔑ろにして加害者の人権を押し付けてさぁ。家族や友達もさぁ、赤の他人と地続きなんだよね。で、何か反論とかある?」

「な、ないです……けど……」

 せっかく与えられた反論の権利さえも、彼は逃してしまった。それでもなお、一郎は決して容赦しない。

「俺思うんだよね。他人の人権を主張することほど無責任なことは無いってさぁ。犯罪者を国の力で延命しておいて、刑期を終えたら社会に放り出して、でも企業は前科者を面接で間引くことが出来るわけじゃん?」

「あ、ああ……」

「あなたが人権を主張することで守れるものは、あなたの世間体だけなんだよね」

 これぞまさしく、相手を言いくるめることを売りにしている男の言動だった。一郎は決して、専門知識に長けているわけでもない。彼の言い分はおそらく、正しさとは程遠いだろう。そんな彼の最大の武器は、自らの正しさではなく、相手の言論や立場から欠陥を見いだすことなのだ。


 怒りが最高潮に達した拓海は、その場から立ち上がった。彼は一郎に殴りかかろうとしたが、周囲のスタッフに止められる。

「偉そうなことばかり言わないでください! アナタが成功者で、お金だっていっぱい持ってるから、弱い人間の気持ちがわからないのです!」

 こうなると、もはや始末に負えないだろう。今の拓海は、感情的にならざるを得ない。一方で、一郎は依然として冷静だ。

「それはあなたのエゴじゃないの? 人権って、善良な市民の命を脅かす免罪符なの? 人権をそういう使い方するとさぁ、それこそ人権が軽んじられるんじゃないの? 熱くなるのは良いんだけどね、もう少し論理的に喋ってもらわないと困るんだよね」

「アナタに問題があるのです! 理解力に乏しいくせに、屁理屈だけは一人前のアナタが!」

「まあまあ、そう熱くならず」

 人権活動家を完膚なきまで叩きのめした一郎は、更に相手の神経を逆撫でするような笑みを浮かべていた。

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