しわ寄せ
情報の価値
過剰なベーシックインカムが配られていることは、実は更に多くの弊害をもたらしている。世界は今、深刻な財政赤字を抱えていた。テレビ番組では、様々な識者が現状を案じている。
「財源もないのに金を配っていたら、やがて世界経済は破綻しますよ! お金をどんどん刷ればインフレーションにもつながりますし、これは極めてまずい状況だと思いますね!」
「ええ、同感です。ベーシックインカムは本来、国民の文化的生活を支えるための救済措置であり、度の過ぎた贅沢を許すための金ではありません」
「このまま生産性の下がり続ける世界を野放しにしていけば、取り返しのつかないことになると思いますよ」
概ね、彼らは今のベーシックインカムの金額に納得していなかった。財政赤字を迎えてもなお、国民はより多くの富を求めてしまう。少なくとも、支給金の額を下げなければならないことは、この場に集まる識者たちの総意であった。
この件を受け、国民は憤慨した。SNSには、テレビ放送を批判する声が多くあがっている。
「テレビは危機感ばかり煽って何も解決策を考えないから嫌い」
「最近のテレビって面白くないもんな。とりあえず世界経済が危ないって言っておけば注目されると思ってそう」
「必死すぎて逆に面白い。動画サイトの方が今は盛り上がってるから、テレビが安直なセンセーションに頼りだした」
それが国民の考えであった。テレビが真実を報じようが、嘘を報じようが、もはや関係はない。彼らはテレビを退屈だと感じており、それゆえにテレビで放送される情報をまともに取り合おうとはしないのだ。
そんな国民たちが流れ着く先は、大手動画投稿サイトだ。そのサイトのトレンドやおすすめ欄によく現れるのは、川代一郎という配信者の動画やその切り抜きである。そして今まさに、この配信者は生配信をしているところだ。チャット欄も、彼の支持者たちのコメントで賑わっている。そんな中、一郎のもとに投げ銭が届いた。さっそく、一郎は自分に充てて送られたコメントに目を通す。
「えーっと、一郎さんいつも配信楽しみにしてます。最近はベーシックインカムの値上げにより、財政赤字に直面していますね。一郎さんは、どうすれば良いと思いますか? なるほどなるほど……」
無論、彼はあくまでも配信者であり、政治や経済の識者ではない。それでも国民の多くは、専門家よりも彼に耳を傾けるのだ。何故なら、一郎が刺激的かつ、エンターテインメントに富んだ話し方をするからである。自らの意思で正しさを求めることを放棄した大衆は、面白いと感じられるか否かで情報を選んでいるのだ。
財政赤字の件について、一郎は持論を述べる。
「俺思うんだよね。全ての刑務所を潰して、犯罪者を死刑にしまくれば良いんじゃないの? 犯罪者を生かすのに使ってるリソースをさぁ、真っ当に生きている人間の文化的生活に割けば良くない?」
その言説は、見るからに人道に反したものだ。しかし彼を盲目的に支持するリスナーたちは、決して倫理という観点からは一郎を批判しない。残酷であれば現実的で、現実的であれば正しい――それが彼らの考えなのだ。
一郎は続ける。
「そもそもなんだけどさぁ、人権を脅かす存在に人権を与えるからややこしくなるんだと思うんだよね。圧力が足りないんだよ、犯罪をおかすと人生終わるっていうさぁ」
彼の言葉により、チャット欄が更に盛り上がる。
「『痒い所に手が届く』の擬人化だな」
「これは正論」
「犯罪者を守ると善良な人々を性被害から守れないという罠が好きすぎて抱腹絶倒」
この配信では、一郎はほとんど全肯定されていた。これらのコメントに満足し、一郎はこう締めくくる。
「俺思うんだよね。間引きって、絶対にどこかで必要じゃん。だったらさぁ、犯罪者を間引くのが一番人道的だと思うんだよね」
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