強者の受難

成功者

 ミライ・グループは世界を支えるIT会社だ。様々なソフトウェア開発の他、この会社は独自のコンピューターの製造にも力を入れている。そのブランド名は世界に知られており、今やPCや周辺機器と言えばミライ・グループとまで言われている始末だ。そんな会社でCEOを務めているのは、二十三歳の青年――明知蒼太あけちそうただ。彼は才色兼備の成功者であると同時に、面倒見のいいボスとして周囲に慕われていた。彼はチャットで遠くの社員に指示を送りつつ、付近にいる社員にも指示を出す。

「すぐに検索エンジンの不具合の修正を。検索結果に関連性の高いコンテンツを表示するアルゴリズムを、より正確なものにするように」

「はい!」

「わからないことがあったら、なんでも聞いて。僕も対処するよ」

 ミライ・グループ本社は、今日も忙しい。そんな中、蒼太の固定電話に一通の電話が来る。

「ちょっと失礼します」

 そう言った蒼太は、すぐに電話に出た。電話越しに聞こえてくるのは、どことなく老いを感じさせる声である。

「すみません。ミライ・グループ大阪支社ですが、赤字経営です。このまま経営を続けていくのには、限界を感じます」

 大手企業であるだけのことはあり、この会社は赤字の支店も抱えている。そして蒼太は、日々そうした支店との連絡も欠かさない。

「ああ、そちらの支社が赤字か」

「は、はい! 早急に原因を調べ、対処しておきます!」

「……そちらの社員で、辞職あるいは休職する部下が増加してはいないか?」

 彼の声色は、少しばかり圧を帯びたものであった。電話越しに、相手の怖気づく声が聞こえてくる。

「そ、それは……!」

「図星だったか? 元々赤字に向かっていた経営の責任を、君たちが部下になすりつけてきたのではないか? その結果、人が辞めていき、経営は余計に回らなくなった。粗方、そんなところか」

「あ……ああ……」

 ここまで詰められた以上、もはや言い逃れはできないだろう。蒼太は決して、ハラスメントの類を黙認するような人間ではない。

「社風に悪印象を植え付けるな。会社経営にとって、信用は命に等しい」

 そんな一言を残した彼は、すぐに電話を切った。



 *



 その日の晩、蒼太は使用人の鈴木幸男すずきゆきおが運転する高級車に送迎され、豪邸に辿り着いた。この邸宅は、彼と鈴木の居住する建物だ。助手席のドアを開けた鈴木は、片腕に折りたたんだジャケットをかけながら深々と頭を下げる。蒼太は欠伸をしながら車を降り、鈴木がドアを閉めた。それから二人は、豪邸の玄関を潜った。


「おかえりなさい。何をお入れしましょうか」

 鈴木は訊ねた。先程蒼太を迎えに上がったばかりの彼は、更に蒼太をもてなそうとしている。彼は働き者の使用人だ。蒼太はソファに深く腰を下ろし、足を組みながら要望を口にする。

「ホットミルクで頼む。この時間にコーヒーを飲むと、睡眠の質が下がるからね」

 経営者たるもの、やはり睡眠の管理は要となるのだろう。家に帰った後でもなお、彼の頭は仕事のことで溢れ返っていた。

「承知いたしました」

 そう答えた鈴木は、すぐにホットミルクを用意し始めた。



「お待たせしました、ホットミルクでございます」

「ありがとう、鈴木さん」

「お仕事の方は順調ですか?」

 ただの使用人でありながらも、この男は蒼太のことを気にかけている様子だ。そんな彼に愚痴をこぼすことは、蒼太の日課でもある。

「どうだろうね。仕事において一番面倒なことは、目障りな馬鹿に振り回されることなのは間違いないよ」

「また何かあったのです?」

「いつも通りさ。財産を欲する分際で責任からは逃れようとする無能。重荷を背負う覚悟もないのに、成功者を騙りたい無能。そういう無能が、自らを優れた人間だと思いあがって、あらゆる失敗を押し付け合う。覚えておくと良い、これが現代の人身御供だよ」

 そんな持論を語った蒼太は、職場では見せないような冷笑的な笑みを浮かべていた。

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