過程で散る命
翌晩、大型のモニターやコンピューターが備わっている部屋には、またしても玲威と弓狩がいた。今回の件も踏まえ、弓狩はより一層楽園主義に対して懐疑的になっている。
「楽園システムを操る方法は、命を奪うこと――首相、貴方はなんてものを生み出してしまったのですか! 貴方は……命をなんだと思っているのです!」
何やら彼女は、ビクティムの動機を理解していた。しかし玲威は涼しい顔で、ネクタイを締めなおすだけだ。彼は深いため息をつき、彼女を説得しようと試みる。
「人は命を何かに例えたがる。だが、命は命だ。ところで水澤弓狩。君は今の無秩序がこれからも続くと思っているようだが、それは大きな間違いだ」
「どういうことです?」
「物事はやがてあるべき姿に収束する。端的に言えば、なるようになるということだ」
何やら彼には、独特の哲学があるようだ。無論、弓狩には彼の言っていたことが理解できない。
「この惨状を見て、なるようになると……?」
そう訊ねた彼女は、怪訝としたような顔つきで眼前の首相を睨みつけていた。そこで玲威は、己の人生哲学を語る。
「自然環境において、捕食者が増えれば被食者は減るが、獲物を失った捕食者が減れば被食者は増える。経済において、商品やサービスの価値が高騰しても、それらをより安く提供できる企業の方が消費者に好まれるため価値は緩やかに低下する」
その言い分に関しては、完全に間違っているとも言い切れないだろう。確かに、多くの物事には反動があり、原因と反動がひしめき合う中で調和を保っていると言える。されどその考えにも限界がある。
弓狩は怒りをこらえつつ、更なる話を引き出そうとする。
「要するに、貴方の考えでは、社会構造もあるべき姿に収束するということですか?」
「その通りだ。無論、それだけで楽園システムが不要になるわけではない」
「市民がいつ、こんなシステムを必要としたのですか!」
やはりその声色は、怒りを隠しきれるものではなかった。楽園システムが導入されて以来、この世界は数多の悲劇に見舞われたのだ。しかし玲威からすれば、それもまた必要なプロセスの一部に過ぎない。何しろこの男は、楽園主義の狂信者そのものなのだ。
玲威は語る。
「従来の政策では、市民が消去法で政党を選んできただけだ。しかし楽園システムは、より純度の高い民意を反映するという新たな仕組みを世界にもたらす。民意が学び、民意が過ちを正し、民意が世界を導いていくのだ」
依然として、彼は民意による政治の力を妄信していた。数多の弱者が生活を奪われ、声を奪われ、そして今回のテロに至った一部始終を、この男は知っている。その上でもなお、彼は楽園主義を信奉し続けるのだ。
弓狩は鋭い眼光を見せ、か細い声で呟く。
「首相……貴方は、人殺しです」
その一言に対し、玲威はこう切り返す。
「違う。このシステムで死人を出したのは、民意だ。そうだろう? 私はただ、民の望みをかなえただけだ。これを望んだのは、民意なのだ」
楽園システムは、その仕組み上、責任の所在が曖昧になる傾向もある。このまま楽園主義による政治を続けていくことは、より多くの悲劇を招くこととなるだろう。これらの事実を加味してもなお、御神玲威という男は楽園主義にすがる。それはある種の、執念のようにも感じられるものだった。
「首相。貴方は何故、こんな世界を望んだのですか? 楽園システムに奪われた命は、要らない命だったのですか?」
「民意が要らないとみなした命なら、そうなのだろう」
「欲望の渦巻く多数決で全てが決まる世界が……楽園……? 私は、そんなものを楽園とは認められません!」
そんな具合で、弓狩は何度も楽園主義を批判した。しかし彼女の言葉は、微塵も眼前の首相の心を動かしはしなかった。
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