特定

 あれから芽衣めいは、数多の新聞社や報道機関に掛け合った。しかし誰一人として、積極的安楽死を推進する内容を発信しようとはしなかった。民意一つで会社を潰せる時代ともなれば、報道を生業にする者たちも怯えるしかないのだろう。


 そこで芽衣は先ず、ブログ投稿サイトにて、閲覧数の多い記事を漁ってみた。それらに共通する要素をメモ帳に箇条書きにし、彼女は必死に研究を進めていく。文体やトピックだけではなく、タグの付け方もまた極めて重要だ。そしてこれらの情報を元に、芽衣が書き綴る記事は決まっている。

「今こそ積極的安楽死が必要な理由……と。タイトルはこんなモンで良いのかな」

 閲覧数を稼ぐノウハウは、まだ付け焼刃だ。それでも彼女は挑戦する。より多くの人々を感化し、民意を変えるために。この記事がどんな変化をもたらすのかは、今の彼女にはわからない。今はただ、彼女は祈るだけだ。


 それから数日後、彼女の書いた記事は瞬く間に話題を呼んだ。されど、それは彼女の望んだ形ではなかった。


 ネットユーザ―の人々の声は、次の通りだ。

「弱者を速やかに排除するための優生思想」

「面倒くさい奴に死んでほしいだけじゃん」

「弱者のためを装った差別が最も厄介だろ」

 自らが弱者を排斥してきたにも関わらず、大衆は例の記事を批判した。それだけのことであれば、まだ芽衣の身に実害は出ないだろう。しかしここで大衆が望むことは、彼女を苦しめることとなる。

「皆の民意でこの記事の投稿者を特定できないかな」

 そのたった一つの書き込みが物議を醸し、後日、彼女の自宅の住所が公に晒された。これは決して、一個人が特定を試みたわけではない。大衆がそれを望んだがゆえに、楽園システムが彼女の住所を公開したのだ。それだけではない。人々は彼女が警察であることを知るや否や、彼女が解雇されることを望み始めた。結果、芽衣は失職し、職を探しながらも荒れた自宅に身を置くこととなった。


 数日後、窓ガラスが割れた。彼女の部屋に飛び込んできたものは、岩石だった。彼女が窓の外に目を遣れば、自宅の周囲にはミントが生い茂っている。彼女は手に包帯を巻いており、卓上には血痕や剃刀、そして封筒などが置かれている。何やら彼女は、匿名で送られてきた封筒を開封した際に、その中に入れられていた剃刀で手を怪我したようだ。


 そんな中、インターホンの音が鳴り響いた。芽衣は少し怯えつつも、玄関へと足を運ぶ。それから扉を開けた彼女の目に飛び込んできたのは、勇樹ゆうきの姿であった。

「今でも守りたいと思うか? あの醜い輩を」

 それが彼の第一声だった。もっとも、今の芽衣には、戦う力など残されていない。言うならば彼女は、異端として迫害されているも同然の有り様なのだ。

「……わからねぇ。オレは一体、どうすれば……」

 その声は小刻みに震えていた。いくら気の強い彼女でも、ここまで追い詰められた以上はしおらしくなってしまうらしい。


 そこで勇樹は提案する。

「俺と共に、この星に革命を起こさないか?」

 今の芽衣に、失うものはない。そんな彼女を勧誘するのであれば、今が絶好の機会であろう。されど芽衣は、彼の言葉にはなびかない。

「悪いが、断らせてもらう」

 それが彼女の答えだった。当然だが、勇樹もその答えを予想できなかったわけではない。いずれにせよ、追い詰められているのはお互い様と言ったところだろう。もはや諦めるという選択など残されていないのか、勇樹は説得を続ける。

「まあ、俺の話を聞いて欲しい。楽園システムが導入され、世間の本音が可視化されるようになって以来、建前などというものはほとんど無力になった。そうだろう?」

 確かに、今の世論は建前を失っている。それは今の彼らが直面している――狂気の社会問題であった。

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