操り方
翌日、
「何者だ?」
「オレは警察だが、今回は仕事に来たわけじゃない。少しばかり、話し合いをさせてはもらえないか?」
「……ダメだ。ボスからの許しが降りない限り、怪しい者を通すわけにはいかない」
そんな返答を前にして、芽衣は肩を落としかけた。テロリスト集団のリーダーと思しき人物がその場を通りかかったのは、まさにそんな時であった。
「通してやれ」
「ボ……ボス?」
「このご時世に、弱者の声に耳を傾けようとする公務員がいるんだぞ? まあまあ面白そうじゃないか」
リーダーの許しが出た。警備員は出入口の脇まで後ずさり、それから頭を深々と下げた。リーダーは芽衣を案内し、仮設住宅のうちの一つに彼女を招き入れた。
さっそく、芽衣は質問を投げかける。
「答えろ。アンタは何故、こんなことを繰り返している」
「……楽園システムを操るためだ」
「楽園システムを……操る……?」
一見、これは妙な話だった。彼はハッキングをしているわけでもなければ、そのための設備を整えているようにも見えない。話の筋が見えず、芽衣は唖然とするばかりだ。しかし本題に入る前に、二人にはやるべきことがある。
「まあ、腹を割って話すには、互いのことを知る必要があるだろう。俺は
「オレは
「まあ、国家権力に尻尾を振るような犬であれば、わざわざ俺と話し合おうとは思わないだろう。差し詰めお前は、権力に屈しかけながらも抗おうとしている狂犬――といったところか。それで、何か聞きたいことはあるか?」
一先ず、自己紹介は済んだ。後は彼の動機を知るだけである。
「テロを起こすことが、何故楽園システムを操れるんだ?」
芽衣は訊ねた。勇樹は不気味な微笑みを浮かべ、己の考えを語る。
「強者の絶対数が減るほどに、楽園システムの集計する思想は弱者のものに寄っていく。強者は楽園システムを介し、弱者を迫害してきただろう? これは強者に対する――当然の報いだ」
これもまた、楽園システムの欠陥の一つだ。民意を変えなければ、政治体制が変わらない。ゆえに政治体制を変えるには、多数派を排除しなければならないのだ。無論、その理屈は芽衣にもよく理解できる。されど、それは彼女が勇樹のやり方を肯定できることを意味するわけではない。
「確かに、楽園システムはアンタのような人々を迫害していった。あのシステムは最先端の技術を用いていながら、まるで旧世代的な政策を進めている。だがオレは、アンタを止めなければならない。それは、オレが公僕だからじゃねぇ」
「お前が強者だから……か? 目の前の弱者が邪魔だから、そうだろう?」
「違う! 例えアンタが弱者だろうと、そうでなかろうと、オレは数多の人命を脅かすことを許さねぇ! それが、オレの信じた正義だからだ!」
いくら弱者の事情を知っても、芽衣は見失わない。何があっても、殺人は許されることではない――それが彼女の理念だ。一方で、勇樹に残された唯一の抵抗の手段がテロリズムであることもまた、揺るぎない事実であろう。
「確かに、命を奪わずに済むのであれば、それが理想的だ。だが俺たちは声を奪われた。俺たちは正義を発信することを許されていない。楽園システムがある限り、弱者は死ぬか戦うかのどちらか、あるいはその両方だ」
もはや彼に、理想を追いかける余裕はない。その眼差しは間違いなく、命を奪うことを覚悟していた。
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