テロリズム
それからしばらくして、「ビクティム」を名乗る集団が、数日にわたって街中を襲撃するようになった。彼らの標的は、国家や公務員だけではない。その銃弾の餌食には、一般市民も含まれている。
「弱者に生存権を!」
「弱者に生存権を!」
「弱者に生存権を!」
その主張は真っ当なものだろう。問題は、彼らがその主張をする手段にある。彼らは呪文のように同じ言葉を叫び、そして銃撃や爆撃によって罪のない命を奪っていく。彼らに怯える者たちの多くは、善良な市民だ。
「お兄ちゃん、怖いよ!」
「お母さん、どこ!」
「国は何をしているんだ! 早く、なんとかしろ!」
一般市民に、戦えるだけの力はない。言うならば、市民たちは「狩られる側」なのだ。そんな中、人だかりを掻き分けて駆け付けたのは、機動隊の集団だった。その中には、
「撃たなきゃ……市民が撃たれる……!」
この時、芽衣は覚悟していた。彼女が命を奪わなければ、より多くの命が失われることとなる。そんな彼女の脳裏には、先日の上司の言葉がよぎる。
「あのなぁ。俺たちが手を汚さなくてどうするんだ? 一般市民は命を奪えない。罰を与えられない。それを国家権力のもとで代行するのが、俺たち行政機関だろ? 無責任な正義より、先ずは目先の義務を果たせ。話はそれからだ」
例えあの上司が楽園主義の奴隷であったとしても、その言い分は間違いとは言い切れないものだった。芽衣は生唾を呑み、そして発砲していく。彼女の解き放った銃弾の数々は、眼前のテロリスト集団の足下を崩していく。無論、今路上には、数多の銃弾が飛び交っている。ほんの一瞬でも気を抜けば、芽衣に命はないだろう。
もはや正義や悪を論じることさえも意味を為さない。生きるか死ぬか――ただそれだけの空間が広がっている。
やがて、今回テロリスト集団から送り込まれた部隊は、撤退に追い込まれた。その隊員の多くは、薄れゆく意識の中でアスファルトにうずくまっている。そして何人かは手錠を掛けられ、機動隊員に連行されていく。しかし彼らの戦いは、まだ終わってはいない。大将の首を取るまでは、闘争に終止符は打たれないのだ。
「話し合う機会すらも、楽園システムに奪われた。オレたちは、傷つけ合うしかねぇのかな……」
そう呟いた芽衣は、自嘲的な微笑みを浮かべるばかりであった。一先ず、彼女は今回の件を生き延びた。さりとて、彼女が生きた心地を感じられるわけではない。彼女の脳内で、銃殺される人々の映像が繰り返される。それは機動隊員であったり、テロリストであったり、あるいは民間人だ。命に序列をつけない彼女にとって、銃で奪われた命はいずれも等しく尊いものであった。
*
あれから数日後、芽衣は上司に呼び出された。
「ビクティムを名乗るテロリスト集団の拠点を割り出した。準備が整い次第、襲撃に向かうぞ」
それが上司の第一声だった。彼の背後には大型のモニターがあり、そこには地図や敵の拠点の写真などが映し出されている。どんな事情があろうと、テロリストを野放しにしておくわけにはいかないだろう。無論、それも芽衣の承知の上だ。しかし彼女には、一つ考えがあるようだ。
「……襲撃前に、一度、ビクティムのリーダーと話し合いをしにいっても良いか?」
「まあ、それは勝手だが、それでテロリストが鎮まると思うか?」
「わからない。だが、楽園システムが話し合いの場を奪ったことは確かだ。話し合えば済むことであっても、殺し合いでしか済まなくなった……もしかしたら、ビクティムの連中はそれゆえに戦っているのかも知れねぇだろ」
そんな言い分が出たのも無理はないだろう。事実、弱者の声の発信は、あらゆる手段で妨げられているのが現状だ。
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