選別の代償
正義を信じる婦警
「我が署の誇りだな」
「撃ちもしない銃に税金を使うより、はるかに有意義だ」
「民意に応えてこその公務員だしな」
とある警察署では、あのデモ隊を鎮圧した機動隊が英雄視されていた。一方で、それを是としない者もいる。一人の婦警が、苦虫を噛み潰したような顔をする。そして彼女は、大声を張り上げる。
「殺す必要はなかった! 弱者に属するだけで生存権を奪われる仕組みなんか、あってはならねぇんだ!」
この婦警は正義感が強く、その名を
「楽園システムを否定することは、数多の市民を否定することだ。君は自分が、誰よりも正しいと証明できるのかね?」
そんな質問を投げかけたのは、彼女の上司にあたる男だ。芽衣は唇を噛みしめ、握り拳を震わせた。それでも彼女は、己の正義を曲げようとはしない。
「その市民は、正しさなんかを軸にはしていねぇ! 己が豊かであることを叶えようとして、見たくねぇモンには蓋をして、豊かになった人間同士でこの星を楽園だと宣っているだけだ!」
その推測は、おおよそ間違ってはいないだろう。事実、福祉は破壊され、弱者の声は発信の手段を奪われ、デモ隊は射殺されたのだ。そればかりか、デモ隊を庇おうとしただけの善良な市民もまた、一人散ったのだ。そして何よりも、今の世論は概ねそれを是としている。それが芽衣には許せなかった。しかし彼女の熱意は、何かを変えることができない。彼女の上司はため息をつき、たしなめるようなことを言う。
「あのなぁ。俺たちが手を汚さなくてどうするんだ? 一般市民は命を奪えない。罰を与えられない。それを国家権力のもとで代行するのが、俺たち行政機関だろ? 無責任な正義より、先ずは目先の義務を果たせ。話はそれからだ」
それが彼の思い描く警察の在り方だった。同時に、彼の中ではデモ隊を射殺したことも「義務」の範疇に留まるらしい。そんな彼を一度だけ睨みつけ、芽衣は部屋を後にした。
*
とある休日、芽衣は缶チューハイとコンビニ弁当をたくさん抱え、河川敷に赴いた。彼女を待っていたのは、身なりの悪い男たちだ。彼らは楽園システムに生活を奪われたホームレスである。彼らによく慕われているのか、芽衣は歓迎されている様子だ。前歯の欠けた中年男性が、彼女に声をかける。
「また来てくれたんだね、婦警さん。何しろ楽園システムのせいで、オイラは実質逃亡生活をしているようなものなんだ。くれぐれも、目立たないようにな」
目立てば迫害される――それが彼らの人生だ。無論、そんなことは芽衣にもわかっている。そして生活を失う危険を冒しているのは、彼女も同じである。
「そいつはお互い様だ。警官がホームレスに飯を出すことなんか、楽園システムが許しはしねぇ」
そう語った芽衣は、愛想笑いを浮かべていた。それにつられるように、中年男性も笑う。
「お互い、大変なもんだね。婦警さん、あんたはオイラを見捨てるだけで自由になれるんじゃないのか?」
そのしゃがれた声と不器用な笑みは、どことなく親しげなものであった。更に彼は、眼前の婦警を危険に巻き込んでいることを後ろめたく思っている様子だ。それでも芽衣は、彼やその仲間を見捨てようとはしない。
「それは正義に反することだ。オレは公僕の正義を信じて公僕になった身だ。まあ、公僕なんてモンは所詮、国家の犬だったけどな。今となっては、オレはオレの正義を信じるだけだよ」
その眼差しは、灼熱の炎を帯びているようだった。彼女は弁当と缶チューハイを配り、それからブルーシートに腰を下ろす。そして彼女は、ホームレスの集団と談笑しつつ、飲み会を楽しんだ。
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