民意と切望
元々は家にこもりがちだった
そんな雄太が宛もなく街を徘徊していると、その目には妙な人だかりが飛び込んできた。その耳には、妙な叫び声が入ってくる。
「差別政治をぶっ壊せ!」
「楽園システムを破壊しろ!」
「人権を返せ!」
何やら、この街ではデモが行われているようだ。声を荒げる人々の多くは、プラカードを掲げている。そんな彼らに対し、大多数の市民が向ける目は決して良いものではない。
「何あれ……うるさ……」
「ちゃんと許可を得ているのかな? 道路を占拠しちゃってさ」
「働く元気はないのに、デモ隊を結成する元気はあるんだね」
概ね、人々がデモ隊に向ける眼差しには、侮蔑がこめられていた。一般市民からしてみれば、権利を求める弱者はノイジーマイノリティに他ならないのだろう。人混みに覆われた路上では、クラクションの音が鳴り響く。それでもデモ隊は、引き下がろうとはしない。否、死活問題を抱えている彼らには、引き下がることなどできないのだ。
「我々は皆さんに生活を奪われた! 少しばかり皆さんから時間をいただいても、罰は当たらないだろう! 生活を返せぇ!」
「生活を返せぇ!」
「生活を返せぇ!」
依然として叫び続けるデモ隊員たちは、使命感に満ちた眼差しをしていた。彼らにはまだ、雄太の失った「希望」が宿っているのだ。
幸か不幸か、雄太にはまだ、デモに参加する勇気がなかった。同時に、その勇気は、決して芽生えるべきものでもなかった。デモ隊を鎮圧するためにその場に駆け付けたのは、武装した機動隊だ。一方でデモ隊は、拡声器とプラカード以外、何も携帯していない。
このままでは、彼らの身が危ない。
案の定、機動隊は彼らを包囲し、銃を突きつけた。それでもなお、デモの参加者は一人として怖気づかない。彼らはすでに生死の境を彷徨っているようなものであり、命を危険にさらすことなど疾うに恐れていないのだ。
そんな中、その場で銃声がこだました。
デモ隊員のうちの一人が、脇から酷く出血している。一歩間違えれば、彼は急所を貫かれていたことだろう。つまるところ、機動隊は彼らを殺すつもりなのだ。その上、機動隊員たちには、その行為が正当化される確固たる自信がある。
「こんな奴が死んでも、誰も悲しまない!」
「どうせこんな連中を殺しても、楽園システムで無罪になるだろう!」
「声の大きい少数派は、せん滅するに限る!」
民意が望めば、殺人であっても許される――それが楽園システムだ。その一部始終を見ていた雄太は青ざめた表情で生唾を呑み、そして歩みを進める。彼の背中は、恐怖で震えていた。その胸には動悸があった。それでも彼は、機動隊員たちの前に躍り出た。雄太は深く息を吸い込み、それから声を張り上げる。
「僕たちはただ、生きたいだけなんだ! それなのに、どうして、生きてちゃいけないの? 生まれてきたから、いけなかったの?」
それはまごうことなく、彼自身の切実な想いであった。さりとて、彼一人の声では、民意には到底敵わない。
「生きてて良いのは、生きるに値する命だけだ」
そう返したのは、機動隊の隊長だった。彼は銃を構え、迷うことなく発砲した。雄太のこめかみから、鮮血がほとばしる。そうして瞬く間に意識を失った雄太は、無造作に膝から崩れ落ちた。
雄太の息の根が止まった。
それからデモ隊員たちも次々と射殺されていったが、機動隊員たちが裁かれることは決してなかった。
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