奪われるもの

 無論、インターネットに拡散されるのは、多数派の声だけではない。福祉が破壊されていったことや、社会的弱者にあてられた心無い言葉の数々は今、世界中で物議をかもしている。当然、社会的弱者に属する者たちも、各々の想いを発信していく。

「頼れる身内は一人もいないけど、楽園システムのせいで失職。国家が異常なら国民も異常。今の世の中はどうかしている」

「家賃が払えなくなり、今は路頭に迷う日々。たまに電気屋に忍び込んで、自分のアカウントから愚痴を書き込むだけの日々。あ、楽園主義の皆さんには無関係な話だったね。民意で俺を殺すのは、直接的な殺人じゃないもんね」

「自らの手を下さなくても嫌いなものを排除できるのが『楽園』の仕組みらしい。ああそうですか。皆死ね」

 生活を奪われていった者が最後に責めるものは、やはり仕組みだ。仕組みに欠陥があることにより、人は生活を失うのだ。そして楽園システムは、最も効率的に弱者たちから生活を奪える仕組みに他ならない。今の彼らに残されているのは、声だけだ。数多の痛みを言語化し、それを周知されること――それだけが彼らに許された戦いなのだ。


――もっとも、それは彼らの戦いさえも許さない民意が無ければの話である。


 弱者たちが一般人から受け取る反応は、おおむね次のようなものだ。

「自己責任だろ」

「働け」

「努力しろ」

 このような反応をした者たちには、自らが弱者たちから努力や労働の機会を奪っていることの自覚などないだろう。言うならば、彼らには「できない」を「やらない」として見る傾向があるのだ。こうした攻撃的な書き込みは、更に勢いを増していく。

「男の精神異常者は需要ないから消えて欲しい」

「清潔感もまともな頭もない奴は表を歩くな、公害だろ」

「脳が壊れていることは甘えていい理由にはならない」

 こういった情報を目にすることは、今の雄太ゆうたの精神には悪影響だろう。それでも彼は、SNSから目を離すことができずにいる。雄太は弱者に対する誹謗中傷や差別と捉えられる書き込みを漁り、次々と通報していった。今の彼にできることなど、その程度だ。その過程で敵とそうでないものの境界は曖昧になっていき、やがて彼は敵ではない人間さえ憎悪するようになっていく。

「なんだよ……この書き込みは。この人のこと、信じてたのに……」

 そう呟いた雄太の目に映っている書き込みは、決して攻撃的な内容ではない。それは「楽園システムを変えることはできないので、建設的な話をした方がいい。誰かを憎むよりも、今は生きる手段を模索しないと助からない状況ではないのか」といったものだった。見ての通り、これは楽園主義を肯定する内容ではなく、弱者の苦しみを否定する内容でもない。しかし今の雄太の目には、その書き込みが攻撃的なものに見えてしまうのだ。彼だけではない。数多くの弱者たちが、例の書き込みに憤るような反応を見せている。

「なんで世間に嫌われている俺たちが、世間を嫌ったらいけないんだよ」

「間接的殺人犯に忖度する必要はないですよね?」

「なんで俺たちが合わせないといけないんだ。世の中が合わせろ」

 彼らの怒りが正当であれ、不当であれ、その矛先を間違えていることは言うまでもない。結局、件の書き込みをしたユーザーはアカウントを自主的に削除した。


 そんな混沌の中で、何人ものインフルエンサーがこの件について言及し始める。彼らの考えでは、社会的弱者の声は楽園システムにとってのノイズであり、排除しなければならないものだ。インフルエンサーたちの影響により、社会的弱者たちはすぐにネット環境を奪われた。


 当然、雄太もSNSを見ることができなくなった。何もかもを奪われた彼の脳裏に、自殺願望がよぎった。

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