健康な悪意
あれから
「やっぱり、僕は頭が悪いから、ダメなのかな……」
世の中はそう甘くはない。雄太はやる気には満ち溢れているが、それだけでは社会には通用しないのだ。そこで彼は派遣アルバイトで命を繋ごうとも試みたが、どの職場でも上手くいかなかった。一度彼を呼んだ職場は、もう二度と彼を呼ばないのだ。派遣アルバイトを募集しているような現場でさえ、最低限の選りすぐりはするようだ。会社は会社である以上、利益にならない派遣社員を抱える理由など持たないのだ。
斯くして、雄太は多くの道を閉ざされてしまった。
そんな彼に残された道は、ただ一つだ。
「こうなったら、作業所を探さないと」
無論、それで長続きしないことくらいは彼にもわかる。楽園システムが稼働している今、弱者の受け皿となる施設はその数が減少傾向にある。そこで彼は考えた。今機能している作業所はおそらく、求人サイトにその存在を明かすこと自体をリスクと考えているはずであり、密かに運営されているだろう――それが彼の浅知恵の見いだした希望であった。
さっそく、雄太はSNSを漁ることにした。作業所に努めている人間が見つかれば、働き口を確保できるかも知れない――彼はそう考えたのだ。しかし彼の検索に引っ掛かる書き込みは、その多くが醜悪で露悪的なものであった。
「頭のおかしい人たちのグループホームや作業所が減っていて、最近は安心できる」
「うちの近所には絶対に作業所が建たないで欲しい。危ない人を集めて妙なトラブルを起こす施設は、本当に怖いし関わり合いになりたくない」
「ヘルプマークって何? 助けて欲しいのは怖い人と電車で遭遇してしまった私なんだけど」
これらの書き込みは、まだましな部類だ。中には直接的な差別的蔑称をふんだんに用いた書き込みも多く散見された。そこに匿名性があるだけで、人はいくらでも露悪的になれるらしい。そこで雄太は、母親の言葉を思い出す。
「大抵の人は見たいように見て、聞きたいように聞いて、言いたいことだけは偽るの」
そう――今まで彼が出会ってきた人々も、その多くが自らの言いたいことを偽ってきた可能性があるのだ。それを裏付けたのは、SNSに書き込まれた心無い言葉の数々だった。電子の海に漂う数多の悪意は、雄太の心をより一層追い詰めていった。その過程で彼は、驚くべきものを目にした。
「近所の作業所が潰れてから作業所デブが徘徊してるのしんどいて」
その書き込みには、雄太自身を盗撮した写真が添えられていた。本来の常識であれば、このような悪質な行為は糾弾されるべきことだ。さりとて、今の世界は「平均的な民意」で回っている。例の書き込みは、投稿者に肯定的な反応を多く貰っていた。
「蜂の巣を駆除したら蜂だけがその場に残ったみたいな」
「見世物にする以外に使い道がない。コイツに生殖機能がある事実だけで悪夢だわ」
「人権に生かされてるだけ。さぎょデブ本人も早く楽になりたいだろ」
これらの反応は、雄太にはあまりにも耐えられないものであった。彼は部屋の隅に丸まった布団の方へと携帯電話を放り投げ、それから泣き崩れた。彼がどんなに生きることを望もうと、人並みかそれ以上に痛みを感じようと――楽園システムは彼を人間とはみなしていないのだろう。
それからしばらくの間、雄太は仕事をあまり探さなくなった。その心は疾うに、限界を迎えつつあった。そんな彼が最後にシャワーを浴びたのは、五日前のことだ。彼の無造作に伸びた無精ひげは、目も当てられない醜さであった。
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