4. 陽炎

塩田とまぐわった日から数日が経った。携帯のメッセージ音が部屋中に鳴り響いたのは、仕事へ行く1時間前のことだった。塩田からメッセージかな、何だろうかとワクワクしながら携帯のメッセージを開いたが、それは塩田からではなく、戸川という厄介な知人からだった。



『今夜、お前の店に行こうと思ってるが、何時から開いてる?』



こいつ来んのかよ。塩田じゃない、というだけでどこか失望し、失望してる自分にショックを受け、戸川が来るという事に苛立っては憂鬱になる。



『20時から開いてる』



『3人で行くわ』



『了解』



はぁーと溜息が漏れた。あの日から塩田とは会っていない。二股コンセントに話しかければ返事はしてくれるが、一言二言の最小限な返事のみ。僕とだけしましょう、なんて言ったくせに、向こうからは誘う気はないようだし、俺から誘うのも違う気がするし。ストーカーって、もっとこうグイグイ自分から来るものかと思ったんだけどな。そう悶々とさせられる今日この頃、この戸川という男から連絡が入る。戸川はクソみたいな刑事で、アサトさんが警察の知り合いがいるなら頼れと言っていた、その知り合いである。


だが頼れるはずもない男だった。店に来る時は単純にヤりたい時。分かり易い男で、俺を都合のいい男として扱っている。あの男は自分だけが良ければそれでいい、と考える自己中心的な男だから、セックスはクソほどつまらない。面倒くさ。あー面倒くさ。俺はそのままごろりとソファに横になった。


あいつ、家に来るつもりだろうか。盗聴も盗撮もされてるのに来るのだろうか。そもそも、俺はあいつを連れて来るのだろうか。けどそれはそれで良いかもしれない。ふと悪戯心が生まれた。あの日はやたら俺に執着を見せていたくせに、逃げるように帰ってからあいつは、驚くほど俺に対して素っ気のない。だから俺が他の男と部屋でまぐわってしまえば、良い煽りにならないだろうか。煽るなと言ってたけど、これは煽らずにはいられない。だって構ってくれないあいつが悪いよな? あれから俺の部屋にも来ないし、触れもしないし、セックスもない。明日も明後日も、なーんて言ってたくせに。なんだよ。俺ばかり焦るのは癪だ。俺ばかり溺れるのも。


だったら煽って、またあいつに組み敷かれたい。すっげぇ気持ち良かったんだよなぁ。体の相性っての、すっげぇ良かったんだよなぁ。やばいな。また息が出来なくなるほどグズグスに、過激な欲望を露わにしてほしい。


でもあいつは別に俺を好きで抱いたわけじゃねぇのにな。愛のあるセックスってのをしたわけじゃない。あいつにとってみたら処理か、俺の体で遊びたいか、だ。悲しい事にそれは愛情とは違うから、そうなると俺が他の男とヤってようが、何しようが、嫉妬しねぇかもな。なんだか落胆した。肩を落としながら仕事を進め、10時過ぎ、戸川が若いふたりの子分を引き連れて店に来た。


相も変わらずいけ好かない男は、自分の容姿が良い事を自覚していて、カウンターに座っていた若い女の子ふたり組にイケメンだの男前な俳優の誰々に似てるだの、小声で会話されている事にご満悦の様子だった。彼女達と数席離れた席に戸川達は腰を下ろす。席に着いて早々、戸川はカクテルを作っていた俺を呼んだ。



「蓮司蓮司! こいつら、昔っからお前のファンだったんだって!」



紹介された男ふたりは、戸川と似たような風貌でいけ好かない。髪を少し遊ばせて、世間ではこういう男の子達がモテるよなと思った。



「本当に? 嬉しいな。はじめまして、蓮司です」



戸川を慕っているというだけで嫌だが、俺は愛想が良い。



「俺、森本って言います! 戸川さんとは最近知り合って、たまたま蓮司さんの話をしたら、本人に会わせてくれるって言うもので来てしまいました!」



森本君はかなり幼い顔立ちだった。酒が似合わないこの青年は、キラキラと目を輝かせて、俺を見上げているものだから少し困ってしまう。この子は俺の事をどこまで知っていて、俺に会いたいと戸川に言ったのだろう。戸川はどこまで俺との関係を話したのだろう。



「嬉しいなぁ。一杯ご馳走するよ」



「え!? いやいや、払わせて下さい! も、本当に、本当に、ファンなんです! やっぱりかっけぇ…って、今圧倒されてて…。そんな蓮司さんの作る酒とか、一杯でも無料で飲んだらバチが当たりそうです!」



「当たらない当たらない。良いから、奢らせてよ。何が良い?」



「うわぁ…もう、全部カッコいい…。じゃ、じゃぁ、俺はマンハッタンで…。あ、あと、すみません、こいつの紹介もさせて下さい」



そう感動に目をうるうるさせてる童顔な森本君は、隣に座る小麦肌に黒髪の青年を俺に紹介した。



「こいつ、俺の高校ん時からの友達で荒木っていいます。高校ン時は一緒に蓮司さんのファッションのマネしてたんすよ! まぁちょこーっとなんすけど。でも、俺は着こなせなくて、シンプルが故に、俺みたいな凡人体型だとダッセェってなっちゃって。でも、こいつは足長くて背も高いから割と似合ってたんです! こいつの蓮司さんっぽい服装、結構様になっててカッコいいんですよ!」



「おい、やめろよ、そういう変な紹介、本人の前で」



「だってねー? 実際そうだったんだもん」



「あのねぇ…」



「蓮司さん、こいつね、柄シャツとか似合うんですよ!チンピラみたいなシャツ! 蓮司さんも着てましたよね? ニューヨークコレクションの時、ヴェッラのモデルとして出て、金と黒と緑となんかもー、すっごいド派手シャツ着てましたよね? あれの偽物っぽい、ド派手シャツ、俺達も買ったんですけど、こいつそれが似合うんですよー!」



「だから森本!」



ふたりの掛け合いを見ていると、嫌な空気は消え去って、つい口角が上がっている事に気が付いた。このふたり、可愛い。それに俺のファンっての本当っぽいよなぁ、そう思うと戸川が連れて来たという事に対する警戒は徐々に薄れてくる。



「ふふ、本当に俺のファンなんだなぁーって思うと嬉しいよ」



荒木君に微笑むと、荒木君は少し唇を尖らせる。



「似合っているかは置いといて、好きなんすよ、あのブランド。俺、蓮司さんがコレクションでモデルやってたブランド全部好きで、金ないから似たような安い服でどうにか工夫してたんすよ。だからこうして会えるとか、ちょっと未だに信じられません。本当、足長くて、胸板厚くて、男らしくてカッコいいスよね。マジで好きです」



ストレートな告白である。若いって良いよなぁ。けどそれにしても驚く。若い世代の彼らが俺のファンだという事が信じられなかった。どんな事件を起こして辞めさせられたかを知ってるんだよな? まさか知らないって事はあり得るのかな…。んー。どうだろ。頭の中で悩みに悩んでいるが、こればかりは仕方がない。後々知って嫌われたら、それはそれでどうしようもない。



「もう辞めて4年経つけど、こうして面と向かって言ってもらえるの嬉しいな。荒木君も、何が良い? 何でも作るよ」



「本当すか。じゃぁ、俺もマンハッタンで」



「了解。戸川、お前はどうする? ま、お前の分は請求するけど」



「えぇー! ひでぇ。俺にも奢れよなぁ」



「冗談。良いよ。同じの? 別なの?」



「お、やっさしー。けど俺カクテル苦手だから、いつものウィスキーロックを奢って」



「了解」



俺が酒を作っていると、森本君は目を輝かせて戸川と荒木君に俺の話をしていた。さすがに少し恥ずかしい。けど、これでよく分かった。彼らに下心はない。戸川が連れて来た子達だけど、戸川とは全然違う。



「で、で、蓮司さんの2回目のニューヨークコレクションの時、ロクト&コニーのモデルとして登場してて、もう、すっげぇースタイリッシュでさぁー…」



俺のモデル時代に詳しくて、本当に服が好きなようで、彼と荒木君は純粋にモデル蓮司が好きらしい。



「ねぇ、森本君と荒木君ってさ、本当に俺の事詳しいし、当時のコレクションやモデルの事もかなり知ってるけど、今、いくつなの? 高校の時、マネしてたとか言ってたけど」



そう質問すると森本君が愛らしい顔で「24になります!」とハキハキと答える。



「だからえっと、7年前になります、ね」



「あー、俺が23の時か」



「はい!」



森本君は素直に目を輝かせて話した。嬉しい話だが、純粋に俺のファンだとするのなら、それもそれで怖い。あの事件を知ってる可能性がとても高いからだ。知っているのだとしたら少し身構えてしまう。



「あの、蓮司さん」



うーんと、悩んでいた俺にそう声を掛けてきたのは荒木君だった。彼は左目の下にホクロがある。いつか誰かのパーティーで会った、タカオの友人に少しだけ似ている。冷たい綺麗な顔が印象的な、あの青年に。名前なんて言ったかな? 忘れてしまったな。まぁとにかく、この子、ちょっとタイプの顔だし、体格も良さそうで、ついつい見てしまう。スーツを着てても、筋肉質ながっしりした体つきだと分かるし、二の腕なんて、ちゃんと鍛えられてそうで逞しい。良いなぁ。…うん、塩田とヤったって、他の男にちゃーんと惹かれてる。



「何?」



「昔、好きな色は赤だって、雑誌で言ってましたよね?」



「え? 色?」



突然の質問の意図が掴めず、「赤は好きだけど」と付け足すと、荒木君は横に座っていた森本君と戸川に「ほらなぁー!」と軽く声を荒げている。



「いや、あの、俺は蓮司さんは確か赤が好きだって何かの雑誌で言ってた、って言ったら、戸川さんは蓮司さんに赤は似合わないとか言い出すし、森本は青だって言い出すし、それで軽い口論になって、俺、すっごく気になったんですよ!」



そんな事で口論してるなんてこの子達は本当に可愛い。戸川は論外だけど。



「えーそうだったんだ。うん、雑誌で聞かれて答えてるのは、多分赤だと思うなぁ。もちろん青も好きだよ? けど、多分当時は赤って答えてたと思う」



「赤とか似合わねぇーなぁ!」



戸川はケラケラと笑った。腹が立つ。戸川の興味は俺ではなく俺の体である。体のみ、である。ヤることしか頭にないこの下等動物さえいなければ、森本君と荒木君と楽しく会話できるのに。チッと分かりやすい舌打ちをしてやろうかと悩んだ。


けれど大人しく俺は店長として仕事を進め、しばらくしてバーテンの佐伯君から呼ばれて俺はその場を後にした。3人は楽しそうに酒を飲んではベラベラとずっと話している。主にファッションと当時のモデルについて。戸川もちゃんとファッションの話できんじゃん、と思ったのも束ぬ間で、女の子の話をしたかと思えば下ネタを連発させゲラゲラと笑っていた。このまま飲んで帰ってくれないかなと正直思った。


佐伯君と裏で発注の話をして閉店準備をすると、戸川が「この後飲みに行こう! 明日休みだろ?」 とヘラヘラ笑いながら誘ってくる。案の定である。とはいえ、どうやらサシで飲むわけではないらしい。荒木君と森本君も行くらしく、俺は少し、ほんの少しだけ、荒木君が気になったからその誘いを承諾した。


彼を見ていると森本君と戸川が話しているのを横で聞いては頷いたり、ちょっと笑ったりするだけなのだ。話しに入るには入るが低い声で、さらっとジョークを言ったり、上手いこと言ったりする。なんだか興味が湧いた。やけにスマートで良い男だなぁと。そうだな、俺は元々こういう人間だ。


塩田みたいなオタクの根暗野郎なんかに妙な感情を抱くわけがないんだ。俺は荒木君みたいな見た目も良い、中身もスマートな男前に惹かれる。そう、元々そうだった。今でもそうあるべきなんだ…。



「じゃぁ、ここ閉めたら合流するから、どこか入ってて」



そう返事をすると森本君は「やったー!」と子供みたいに喜んでいる。荒木君は酒を飲み干すとタバコに火を点けて、何も言わずにただ俺の目を見上げていた。その涼しげな瞳は、なんとも色っぽかった。目が合ってもじっと俺の目を見つめたまま、何も言わず、表情も変えない。妙なアイコンタクトだった。ちょっと誘ってる? そう勘ぐってしまうほど。いや、俺の勘違いかな。誘ってると思いたいだけかな。でもいいよなぁ、その獲物を見るような目。


塩田もあの時、そんな目をしながら俺を見下ろしてたような気がする。やけに涼しくて、冷静で、焦りひとつ見せなくて、俺を見下ろす目は獲物を狩ろうとする目そのものだった、なんてまた塩田について考えていた自分に驚き、嫌気がさした。


やだやだ。塩田について考えるのをやめにしよう。そう溜息を吐きながら店を閉め、メッセージで送られてきた居酒屋へと移動する。酒を飲み、焼き鳥を頬張り、いい感じに出来上がっていた3人に出迎えられた。



「蓮司ぃー! 待ってたぞぉー!」



隣に座った俺にそう言って抱きついてきた戸川を、心底、国家権力を持つ人間だとは思いたくなかった。



「随分と飲んでんなぁー」



そう軽く遇らう俺に荒木君はふふっと笑う。



「戸川さんって蓮司さんの事、すごく好きですよね。いつもそんな感じなんですか?」



「え? あ、いやぁ、そういうわけじゃないんだけど…。酔ったら面倒なやつなんだよ」



「そうなんすね。バーでも強いのばかり飲んでましたからね。かなりの量を飲んでたみたいですし、だいぶ、出来上がってますよね」



荒木君の方が飲んでいた気がするが…。どうやらこの子はかなり酒が強いらしい。マンハッタンだってアルコール度数の低いカクテルではないし、うちで出しているのは他の店より割と度数が高いわけで、他に飲んでいた酒も確かほとんどがバーボンのストレートだったし、バーボン好きで、相当、酒に強いはずだ。



「荒木君は平気なの?」



「えぇ、まぁ。酒には強くて。あの、何か頼みますか?」



「ん? あぁ、じゃぁ、ビールを頼もうかな」



「すみませーん! 生、ひとつ!」



荒木君は俺の酒を注文し、自分は日本酒をぐいっと飲んでいる。カクテルにバーボンに、ここでは日本酒か。彼にとっては水みたいなものなのなのだろうか。本当に相当強いらしい。荒木君の横で潰れる寸前の森本君は荒木君の肩に寄りかかりながら、ニヤニヤと笑みを作って俺を見上げていた。



「森本君、相当酔ってるでしょ?」



そう目を細めると、森本君は「えへへへ」と溶けたように笑っている。それを見ながら荒木君は困ったように眉を下げながらも口角をゆるりと上げた。俺の隣にいる戸川は俺に抱きついた後、そのまますやすやと眠ってしまった。俺は神様に感謝した。戸川を眠らせてくれて、ありがとう。



「蓮司さん、俺、酔ってますかねー?」



「うん、酔ってるね。とっても楽しそうだよ」



「えへへ。だってあの蓮司さんと飲めるって考えたら楽しくて仕方ないんです。でもそれよりも、緊張するし、その緊張取るためには飲むしかないですしー」



森本君は本当に愛らしい。こんな素直で可愛い青年がこの世に存在していたとは。俺は優しくて愛想の良い元モデルのお兄さんを演じながら、「緊張しないでね? 今はただの雇われ店長なんだから」そう営業スマイルを見せると、森本君は目を細めた。



「眩しい…イケメンすぎます。あのぉ、またお店行きます。またお話ししてくれると嬉しいです」



「うん、もちろんだよ。いつでもおいで」



「イケメンが止まらない…」



俺も荒木君も、ケラケラケラと笑う。



「お待たせしましたー、生でーす」



素直で愛らしい森本君の言葉に笑っていると、ビールが運ばれ、軽く乾杯し、俺は一口だけ飲んだ。



「戸川さん、大丈夫かなー? そんなにお酒飲んでないはずなんだけどなぁ」



森本君は眠そうに目を擦りながら、そう戸川を見ている。酒、飲んでなかった…? あれ、そうだったろうか。いや、でも、荒木君は飲んでたって言ってたよな。少しの違和感が生まれた。確かに、言われてみればそれほど飲んではなかったような気がするのだ。



「いやいや、結構飲んでたろ。バーでも、ほら、俺達は話してばっかだったけど、戸川さん割と飲むペース早かったろ」



そうだったろうか…。



「あれ、そうだったけ。んー、なんか戸川さん、今日はあまり飲まないって言ってたからさぁ。でもやっぱ雰囲気良かったら飲んじゃうよねー。俺もだいぶ酔ってる。うふふふ」



戸川はいつも通りヤる事が目的だったはずだ。森本君が言うように、いつもこいつはあまり飲まないはずなんだが、どうした潰れるまで飲んじまったんだろ。戸川のこれは飲み過ぎてダウンしてるとしか思えないから、こいつも弱くはないが、疲れもあったんだろうと俺はひとり自分を納得させた。



「疲れてたのかなぁ」



呟くようにそう言うと、荒木君は日本酒をくっと飲み干して、「そうみたいですね」 と首を傾げて俺を見た。荒木君の言葉に、そうだよなと改めて肯定してビールを飲んだ。戸川の事はそこまで気に留める事でもないわけで、俺はスヤスヤと寝息を立てる戸川を横にまた他愛もない話を3人でする。


俺達はしばらくファッションの話や俺の現役時代の話、当時の事を思い返すように同年代のモデルの話や、各地で回った街の話で盛り上がった。そうして気付いた。ふたりはきっと、俺のプライベートな話はどうやら避けてくれているらしい。戸川と違って気を使ってくれているらしく、俺はその事がなんだかとても嬉しかった。多くの人はあの事件やプライベートを、気を使ってるふりをしながらも、根掘り葉掘り聞きたがるものだから。


けれどふたりは違う。ファッションやモデル業、当時のコレクションの話を純粋に聞きたくてこの場にいる。それがなんだか居心地良くて、上機嫌でお喋りを続けてしまっていた。気付けば時刻は4時を回っていた。森本君はいつの間にか寝息を立てていて、まともに話せるのは俺と荒木君だけになっていた。



「寝ちゃったなぁ、こいつ。おーい、森本、もりもとー」



「いいよ、荒木君、寝かせておきなよ。疲れてるんだろ。森本君、家は近いのか?」



「あーここからだとタクシーですぐですよ。駅前の大きなタワマンなんで」



「おー、それは近いね! ってか、金持ちだね」



「こいつ、ボンボンなんすよ。あの、俺が責任持って送るんで心配しないで大丈夫すよ」



俺が責任持って送る、か。ふたりの関係って何だろ。ただの同級生でお友達? ではないのかな。ちょっと荒木君に興味持っちゃったんだけどなぁ。



「あ、ねぇ、だったらさ、戸川も寝ちゃったし、そこのビジネスホテル取る? 安いし。始発待っても酒抜けてないとこの状態だろうからさ」



この意味、分かるかなー。俺の言葉に荒木君は「そうすね」と口角を上げた。一瞬、表情が変わったように見えた。その表情はどこか危ない匂いがしたのは気のせいか、何を考えてるのかなと聞きたくなった。こいつ本当に誰でも誘うんだなとか思われて馬鹿にされたのか、いや、何か思う事があるのか。なんで、この子からちょっと危険な香りがするんだろ。



「蓮司さん、」



「ん?」



「戸川さんとふたりきりになりたくないんでしょ?」



「え?」



戸川の野郎は色々と荒木君に話したのだろう。どうやら彼は知っているらしい。彼に、どこまで、何を話したのかは分からず、俺は軽い緊張に表情を強張らせた。



「戸川さんね、言ってたんすよ。蓮司さんとヤらせてやる、って。あいつは俺とのセックスは断らないからって。森本はノンケだし、そんな気一切ないし、そもそもそんな事知らないだろうけど、俺は戸川さんにそう持ち掛けられて、へぇーって思ったんすよね」



その、へぇーって、どういう意味。何が含まれてんのかな。



「こいつ、3Pしようとしてたってこと?」



俺はそう寝ている戸川を見下ろして溜息を吐く。



「ですね」



クスッとはにかんだ荒木君は今、何を考えているのだろう。



「で、蓮司さん、それは本当なんすか? 戸川さんから誘われたら断らないんすか?」



影のある男だと俺は何かを嗅ぎ取ってはいるのに、その正体は分からない。問い詰めて逃すのも勿体無い。荒木君は申し訳ないけど、俺は彼で証明したかった。俺が塩田なんかに惚れてない、という事を。そしてちょっと塩田を挑発したいから、しばらく付き合ってほしいなと、俺は優しく口角を上げる。



「そうね、嘘か本当かで言えば本当。もし荒木君が望むなら、俺はこいつ抜きでも良いけど君次第だよ」



「そうなんすね。だからホテルにも簡単に誘うと」



「あーまぁ、そう、ね」



「ふーん」



「で、どうする? 戸川も森本君もホテルに泊まらせるとして荒木君はどうしたい?」



「蓮司さんって本当に誰でも良いんだ」



誰でも良いわけじゃない。失礼しちゃうな。



「俺はヤりたいと思った人としかヤんないよ」



「そうなんすか?」



「なんで疑うの」



「戸川さん言ってたんすよ、蓮司さんは尻が軽いって。エロいし、淫乱だし、あの事件起こすような人間だから誰彼構わずヤってるって」



「あーそう。嫌になるくらい戸川らしい言葉だね」



俺はそう参ったように眉を下げて頭を掻くと、荒木君は一呼吸おいて立ち上がった。



「移動、しましょう。でも、ホテルは一部屋でいいです」



あらら? 荒木くんの目的はヤることじゃないのか。俺は少し残念だったが、それは顔にも言葉にも出さず、「分かったよ」と頷いた。会計を済ませてタクシーに乗ってホテルへ向かう。眠った二人をベッドへ放り投げて、俺と荒木君は部屋を出た。



「どうすんの、今から」



タクシー乗り場まで向かいながら荒木君にそう尋ねると、荒木君は首を傾けた。



「蓮司さん家って近いんでしょ?」



なるほど、家に来るつもりなのかと俺は頷いた。



「近いよ。タクシーで10分もかからない」



荒木君を家に連れて帰っておっ始めたら、塩田はどう思うかなぁ。やっぱり多少は嫉妬してくれるのかな。それとも皆無かな。マンションに着いて部屋へと荒木君を招くと、荒木君は「お邪魔します」と玄関で靴を脱いで、俺の後をついてリビングへと入る。



「結構広いですね」



「ありがとう」



広いけど、盗聴もされてるし監視もされてるよ。とは伝えられるわけもなく、「何か、飲む?」とキッチンへと向かった。



「水、頂ければ」



「もう酒はいらない?」



「蓮司さんが飲むなら付き合います」



「そう? どうしようかな」



荒木君は酒強そうだから、潰して云々ってことはできないかもしれない。けれど俺よりも摂取した酒の量は多いから、もしかしたら、あと一押しで潰れるかもしれない。俺は一瞬考え、首を傾けた。



「じゃぁ、ウィスキーのロックでいいかな?」



「えぇ、もちろん」



ウィスキーを用意して乾杯する。早く酔え、早く酔え、そう呪いをかけるように心の中で何度も唱えながら。けれど一向に効果はなく、ただ時間だけが過ぎていった。俺は痺れを切らして本題に入ろうと、ウィスキーを一気に飲んで口を開く。



「…で、戸川に付いて来た目的って本当は何なの?」



「何なのと言われても…、本当にファンすよ。ヤることだけが目的じゃないです。蓮司さんは、俺がヤりたいから来たと思ってるんすか?」



「まぁ、あいつが連れてきたからね。今までも二回くらいあってさ、ファンだって言って連れてきたけど、実際は別にファンでもなんでもなくて、ただ俺とヤりたいだけだったってオチ。だからもし君がしたいのなら、俺は構わないけど」



「襲われる方にも心構えが、ってことっすか」



「襲われる? あーうん、まぁ、んー…そうなぁ。別にしないならそれはそれでいいんだけど」



「そうっすか」



「そうね」



そして沈黙。荒木君は何を考えているのだろう…。互いに酒を飲み、ふたりきりだと言うのに荒木君は俺に全く手を出そうとはしなかった。うーん。少し肩透かしを食らう。俺はいてもたってもいられず、ちょっと失礼するねと一言声を掛けて席を立った。手洗で脳内作戦会議が開かれ、作戦中止だなぁ、とぽつりと心の中で声が漏れる。塩田を煽る事もやめにして、このまま荒木君を休ませて俺も寝ようかな。そんで塩田との関係は何ひとつ進展ないだろうし、俺から連絡しない限り、あいつからは何のメッセージも来ないし部屋にも来ない。ただ見られて、聞かれているだけのあまりに一方的な関係を築き続ける。モヤモヤするよなぁ。しかししばらく考えるが何も良いアイデアは出ず、俺はまた荒木君のいるリビングに戻った。


荒木君はリラックスした様子でウィスキーを飲んでいた。隣に腰を下ろした俺を見ながら、あの、と首を傾げながらグラスをテーブルに置いた。



「蓮司さんって、なんで戸川さんの言いなりになるんすか? したいから、じゃないでしょ?」



その質問に俺は何と答えようかと迷う。まぁでも、嘘のような本当の話だし、言ったところで問題はないだろうと口を開く。



「ちょっと長い話になるけど、良い?」



「もちろん」



「あいつと初めて会ったのは俺がその時関係を持ってた男とイザコザが起きて、警察に助けを求めに行ったのがキッカケだったんだけどさ」



「彼氏っすか」



「いや、ちょっと違うんだけどね。…うーん、体だけの関係、みたいな。だからイザコザが起きたんだけど」



「なるほど…、それで?」



「助けを求めに行った時に、あいつを含む警官3人がその場にいてさ、一応話は聞いてくれたけど、助けるつもりなんてない、面倒な話を持ってくるな、そう顔に書いてあって、あー警察なんかに助け求めるんじゃなかった、って思った。結局、何も助けにならなくて、関係のあった男にはその後、殴られるわ、蹴られるわで酷い目に遭ってさ。顔の怪我はそれほど酷いものじゃなかったし、オフシーズンで撮影とか無かったら事務所にはバレずに済んだけど警察って何もしてくれないんだなーと痛感したのね」



「警察は本当に何もしないっスよね。特に、男が男で問題を起こしたなんて、なかなか親身になってくれないっスよね」



「本当、痛感したよ。助けを求めた時はどうしようもなくて、警察ならどうしかしてくれるって、ちょっと思ってたわけ。でも結果として、あいつらは何も動かない。で、数日後、バーでひとりで飲んでたら、その何もしてくれなかった戸川がバーにいて、腹の立つ事に普通に話しかけて来やがって。ゲイなんだー? とか、あまり奔放すぎるのはどうかと思うよー? とかズカズカ、人のプライベート立ち入って来て、俺はずっと無視してたわけよ。それからもバーで何回か鉢合わせしたけど、俺は当然のように無視してた。でもあれ、しつこいのよな」



「結構、蓮司さんに粘着してそうですもんね」



「そう。とはいえ、ただヤりたいだけなのよ、あれ。そんでさ、こういう関係を強いられたのは、俺がモデル辞める少し前に、あるお国の仕事をしてる偉い人とホテルに入るところ見られて、脅されたのが直接のキッカケ。ご丁寧に写真まで撮られてて、俺がひとりでホテルから出てきたら、職務質問させて下さいって。ヤクやってんのバレたかなぁーとか思って、冷や冷やしながら、あいつに従って車に入ったら、あれ、本当に最低のクソ野郎で、職権乱用しやがってさ、この事は内緒にしてやるから俺が連絡したら必ず来いときたもんだ。あいつ、本当にヤバイ奴なのよ」



「でも、縁を切ろうと思えば切れるんじゃないんすか? もう、モデルじゃないんだし、性癖も世間にバレたようなもんじゃないすか。なのになんでまだ、戸川さんと縁切らないんすか?」



「んー、そのホテルで過ごした人ね、色々世話になったし、良い人だしさ、それにその人は政府の仕事して、重要な人らしいから、迷惑掛けたくなくて。だからその人が仕事を辞めたら戸川と縁切れるんだけど、それまでは戸川に従っていた方が無難かなぁーと」



そう話していると、ふっと急に強い眠気が襲ってきて、頭がふわふわと思考が纏まらず、瞼を閉じそうになる。そんなに酒は入ってないはずなんだけどな、瞼が異常なほど重い。目を擦って、欠伸をしながら荒木君を見ると彼は楽しそうに口角を上げて笑っていた。



「本当、蓮司さんに執着する人ってびっくりするくらい結構いますよね。ま、俺もその一人、なんすけど」



その言葉に、こいつが俺に一杯盛ったことに気が付いた。回らない舌、何かを言ってやりたかったが、何も言えず、そのままソファに突っ伏した。体は全く言う事を聞かない。



「俺には目的があってあんたに近付いたの。まったく、誰でも家に上げちゃうんだもんなぁ。仮にもあんた、元は有名なモデルなんだから、もっと警戒してんのかと思った。人気、あったんでしょう? …いや、今も十分あるか。頭のおかしい連中からの人気はね」



荒木君は俺を軽々と抱えると寝室へと運んだ。ベッドへ放り投げられた俺の体は、まるで人形のように力なくベッドへ沈む。



「俺ね、あんたがモデルを辞めさせられたキッカケを知った時、すごく衝撃を受けたんだ」



俺の横に腰を下ろしすと俺の髪に優しく触れ、その細い指に髪を絡めて遊んでいる。



「あぁ、この人、そういう人だったのか、って。雑誌やポスターで見るあんたって、冷たそうで本当に好きだった。上品で澄ました顔してランウェイとか歩いてるくせに、本当はマゾヒストで淫乱で、男娼まがいの事しちゃう貞操観念の低さね、ますます好きになった。この人良いなぁ、ってずーっと思ってた」



荒木君の言葉をどこか遠くで聞いていた。



「こうも簡単に上手くいくとはなぁ」



意識がどんどんと遠のいていく。それが怖くて、必死に意識を保とうとした。



「目的の為には手段なんて選んでられないよな。だから戸川さんには薬で眠ってもらった。森本は酒に弱いの知ってるから飲ませとけばすぐ潰れるし、問題なかったけど、戸川さんは厄介だった。でもまぁおかげで、ようやくこの状況を手に入れることができた」



やっぱり戸川は眠らされたのか。そりゃそうだよな、あの戸川が酒で寝るわけない、か……。やばい、意識が…。意識が途切れ途切れになり、どんなに頑張って起きようとしても瞼は閉じようとする。一体、荒木君は俺に何をしたいのか。目的って何だ。荒木君は俺の耳元に唇を寄せると、低い声で囁く。



「ゆっくり休んで。目を覚ましたら、うんと楽しもう。蓮司さんは最高のプレゼントだからさ」



そこでぷつりと意識を失った。こいつの目は塩田のそれとは違った。俺の事を本当に殺したいと思ってるような、殺意のある目だった。俺に対しての感情はひどく冷たくて恐ろしい。再び目を覚ました時、なんとあの塩田が俺を助けてくれて、目の前に狐の面があって、という展開にはなっておらず、手は頭上で纏めて縛られ、ベッドに括られているらしく体は微動だなしない。身につけているものは下着一枚だけ。目隠しをされていて、目の前が真っ暗で、手は動かないが、音と匂いで俺の部屋のベッドの上だと分かる。



「気付いた?」



俺の微かな変化に気付いた荒木はそう、落ち着いた声で訊ねた。



「…目隠し、外してくれない?」



「どうして? 見えない方が興奮するでしょう。それにあんた、こういうの好きじゃない?」



「SMまがいの事してビデオに撮って、後でひとりで見んのか? 自分を慰める為に? まぁ、それなら協力してやるよ」



鼻で笑うと、荒木君はクスッとおかしそうに笑ったのが分かった。



「そうだね、後で繰り返し繰り返し見るよ。ちゃーんとカメラで撮ってるから、良い声出してよ?」



揶揄ったつもりだった。



「…本当に撮ってんの?」



「うん、もちろん。裏ビデオ2本目だね、蓮司さん」



だがその言葉に嫌な恐怖心を抱き、ゾワッと鳥肌を立てた。2本目だね、こいつはそう言った。俺が裏ビデオに出た事があるという事はまず誰も知らないはずなのに、なんでこの男は知ってるんだろう。こいつ、一体、何者なんだ…。



「19の時、出てるもんね? あんた、色んなおっさんのチンポ咥えて、よがりまくってたもんなぁ。顔射されて中にも出されて、体中ドロドロでさぁ、はんぱなかったなぁ」



内容まで知ってるってことは、最悪な事になったかもしれない。



「もしかして、君、ヤクザ?」



そうは見えなかったけど、あのビデオを知ってるのはそっちの人間だ。一般では売られない、闇ルートで販売されていたらしいソレは極秘のビデオだった。もう去った過去の出来事だと思っていたのにな、あの人の影はいつまで纏わりつくのだろう。



「残念。違う。ヤクザではない。ただまぁ、ヤクザの隠れ蓑にはなってるけど」



「隠れ蓑…? ヤクザのフロントかよ」



「うん、でも、一応合法企業だからね」



最悪だ。冗談抜きで笑えない展開になりそうだと、俺は身構える事しかできない。荒木君はそんな俺の腹に手を寄せると、楽しそうに笑う。



「ふふ。急に体が強張ったね。俺がヤクザのフロントって聞いて、怖くなった?」



「……触んな」



「そんなに怒らないでよ。大丈夫、すっごく気持ち良くするからさ」



ヤクザのフロントだから怖いんじゃない。お前が、どこの、誰の下についているのか。それによっては俺は本当に死を覚悟しなければならないから怖いのだ。あの人と繋がっていたりするだろうか。いや、まさか。でも裏ビデオの事を知っていて、ヤクザのフロントにいるって事は、あの人との繋がりは色濃いかもしれない。どうしよう。逃げなければ。早く、逃げなければ。塩田、見てんだろ? だったら頼むよ……。助けてくれ。いや、待て。ダメだ。


こいつが本当にヤクザと、いや、あの人と繋がりがあるのなら塩田に助けは求められない。塩田はストーカーで変態で頭のおかしいやつだけどカタギだろ。巻き込むのは違う。とは思うものの、あいつにはそもそも乗り込んでくる気なんてさらさらないか。俺がこんな事になってんのに、あいつは高みの見物として楽しんでいるのかもしれない。そうだった。だってあいつ、俺の泣き顔や痛みに喚く姿が好きなのだから。それに俺の事を殺したいんだから。



「な、なぁ、荒木君」



「ん?」



だとしたら俺はひとりでこのピンチを脱する必要がある。逆らわない方が良いよな。嫌がる素振りを見せたら、こいつはニタニタと嫌な笑みを浮かべて付け上がるだけだろうから。



「お前がヤクザのフロントにいて、俺に執着してるのは理解した。俺はさ、結構ヤクザ怖いのね。昔、色々あったから。だから俺は何も抵抗しない。それに、お前は俺を気持ち良くしてくれンだろ? だったらお前に身を任せるから好きにして良い。だから、さ、もう、これっきりにしてくれ。今だけは好きにして良いから」



少しの沈黙に嫌な汗が流れる。見えない恐怖に心臓が潰されそうだ。荒木君は何も言わず、俺の股の間に割って入ると、俺の顔の横に手をついた。じっと顔を見下ろされているらしい。



「……聞いてる?」



そう聞くと荒木君は低い声で答えた。



「聞いてるよ。あんたの顔、見て楽しんでるだけ。全部のパーツがすげぇ綺麗だなぁって」



「そ、そう…」



「怖い?」



「正直なところ、純粋に君とはヤってみたいよ。きっと君は良い体していて、上手そうだから。けど、……」



「けど?」



「いや、なんでもない…」



あの人がちらつく。だからそっちの世界は嫌だ。二度とあの頃には戻りたくない。荒木君はふっと笑うと上体を戻して股を割ったまま、冷たい指先で俺の腹筋の縦筋、ヘソ、そして股の付け根に手を置いた。



「けど、ヤクザは怖い、かな」



「そう、…ね」



荒木君は顔を埋め、俺の脇腹にキスを落とした。ちくりとした心地の良い痛みを与え、軽く甘噛みする。大丈夫。荒木君は何も知らない。荒木君はあの人じゃない。ヤクザのフロントってだけだろ。だから、大丈夫……。体中を喰むように、脇腹や腹、胸、首筋に痕を付けていく。呼吸が少し荒くなり、口を開けて呼吸をしようとすると、ギシッとベッドが軋み、ぬらりと舌が重なった。少し、甘くてスモーキーなウィスキーの味がした。互いの舌が重なり、ゆっくりと歯列をなぞって、絡むようにまた舌を重なる。唾液が溢れてごくりと飲み込むと、荒木君の手は下へと這わされ、まだ力の入っていないそれを軽く握って刺激を与える。荒木君は唇を離すと、そのまま顔を下へと埋めた。股の付け根に唇を寄せると、そのまま荒木君は躊躇なく歯を立てる。



「……ッ!」



甘噛みではない。皮膚に歯を突き刺し、噛みついたのだ。あまりの痛みに体を起こそうとしたが手が縛られて体は起こせず、腹に力が入った。



「血ィ、出ちゃった」



その声はとても楽しそうだ。痛みと不安、焦りに心臓がバクバクと忙しない。嫌な汗が掌に流れた。荒木君はその血を舐めるとそのまま再び唇を重ねた。血の味が口の中に広がり、嫌だと拒否をするように顔を背けたが無意味な事だった。荒木君は俺の頬を鷲掴むと、冷たく低い声で訊ねた。



「ねぇ、」



「……何」



「どうしてピアス、増えてんの」



荒木君は指先でピアスを引っ掛け、少し引っ張っては弄ぶ。ふふっと楽しそうに笑っている。



「あーそっか、怒らせたいんだ」



グッと拳を握る。やっぱりだ。こいつはあの人と繋がってる……。俺の頭の中に思い出したくないひとりの男の名前が思い浮かんだ。名前を思い出すだけでも、恐怖に気分が悪くなった。その男はもう過去の存在だと言い聞かせて生きてきた。なのに今、目の前にいる荒木君は、あの人を間違いなく知っている。繋がりのある彼、俺に対して何を望んでいるのだろうか。俺はただ怖いと、頭でも体でもその得体の知れない恐ろしさに身構えるだけだ。



「まったく、どうしたってあんたに執着してんだろうなぁ」



するりと首に両手が寄せられ、ギチギチと力が込められていく。苦しい。息ができず、脳に酸素が届かない。死にたくない。死んでたまるか。ふざけんな。そう足掻いても首は絞まり、状況は何も変わらない。



「……荒木ッ」



絞り出した声に、荒木は鼻で笑う。



「荒木君って優しく呼んでくれないの? 悲しいなぁ」



こいつを通してあの人を見てしまう。だからまるで死神に抱かれている気分だった。



「旭司さん、…いや、笹野さん、明日誕生日なんだ」



そう言って荒木は手を離し、瞬間に流れ込んできた酸素に咽せながらも肺に取り込んだ。



「大丈夫、すぐには殺さないよ。揶揄っただけ。ねぇ、笹野さんを祝ってあげないと、でしょう?」



恐怖に脳がびりびりと支配されるようだった。笹野さん。その名前を口にするのも恐ろしくて、俺は冷静になろうと必死になる。荒木は俺の股の付け根にするりと指を這わすと、トンとそこを軽く叩く。



「だからプレゼントは蓮司さん。たーくさん気持ち良くなってもらおうと思ったのに、こんな所に痕なんか残しちゃって。自分ではここ、打たないよね? つまりどこかの誰かとうんと楽しんだって事だ」



「……違う、これ、は…」



「やっぱりヤク無しだと物足りない? 笹野さんと一緒にいたあんたが普通に生活できるわけないもんなぁ」



「……っ」



「笹野さんはあんたを満足させてやったはずなのに、金も快楽もあんたには勿体無いほど与えてやったはずなのに、あんたは、恩を仇で返すように、良い傘に潜り込んだよね」



きっと荒木は全てを知っている。俺と笹野さんの関係も、俺が逃げ出した事も、その逃げた先も。そしてその良い傘はもうないという事も。



「俺は、戻らねぇよ…」



そうぽつりと吐くように伝えると、荒木は「何か勘違いしているね」とせせら笑う。



「誰がいつ、戻れって言った? 俺はあんたが笹野さんと縁を切りたいって事くらい分かってるよ」



「なら、なんで…」



「笹野さんは、なんでこうもあんたに執着してんのかな。あの人は今でもあんたを想ってる。だから俺はいつもあの人にとって二番手」



こいつもまた、あの頃の俺のようにあの人に依存しているのだろうか。いつか逃げ出そうとするのが落ちだと言うのに、仮面の下を覗く事もできずに、あの人が全てだと思っているのだろうか。



「お前、今に痛い目。見るぞ。あの人に愛情なんてない。ただどぎつい快楽があるだけだ。何があっても裏切る事は許されないし、逃げようとすればそれだけで地獄を見る。そうやって逃げ場を無くし、後悔した時にはもう遅いんだぞ。周りに誰もいなくなっていて、ひとりで抱え込むしかなくなるんだぞ。俺があの人達に出会えたのは奇跡みたいなもんだった。あの人達が笹野さんを抑えつけられたから、俺は逃げる事ができた。だから今、こうして生きてんだよ。だから、荒木、死にたくないならあの人の側から離れろ」



「経験者は語るってやつね」



荒木はおかなしな話を聞いたかのようにクスクスと笑い、俺の頬を撫でた。



「俺はあの人からは離れないよ。だから二番手なのは良い加減、飽きたんだよ。離れたあんたが一番で、なんで俺が二番なの。理解できないね。あの人はずーっとあんたを待ってる。あんただけがいれば良いと思ってる。俺なんて見向きもしない」



「違う、待て…そもそも、あの人は俺にはもう興味がないはずだ。俺を守ってくれた人達が突然消えてからもう何年も経ってる。けど、あの人は俺の前に姿を現す事はなかった。だから、あの人は俺に興味なんて…」



「そうであってほしい、と顔に書いてあるよ。けど現実は、会いたかったけど、会えなかった、それだけ。あんたの傘がなくなった頃、あの人は刑務所にいたの。笹野さん言ってたよ、あんたを想わない日はない、ってさ」



「刑務所…」



目の前が真っ暗になる。



「そ。それで笹野さん、明日出所なんだ。めでたいよなぁ。誕生日に出所できんだからさ」



俺は自分の置かれている状況を理解した。これは捧げ物だ。



「あんたの傘、つまり、黒崎会の若頭とその恋人が消える直前、あの人は運悪く捕まってしまった。だからさ、俺は今日を楽しみにしてた。だってあんたに会えるんだもん。あの人への誕生日プレゼントはうんと最高なモノを用意すべきだろ? 最高のおもてなしをしたいんだ。その為に、俺はここにいるんだから」



「何を…」



「これは笹野さんへの俺からのプレゼント。あんたを薬漬けにして使えないようにしてしまえば、笹野さんはようやくあんたを諦める事が出来ると思うんだ。俺はね、あんたのことも大好きなんだけど、これは笹野さんの為だから。うんと泣いて喚けよ」



その時ようやくこいつが何をしたいかを理解した。自業自得、だろう。笹野さんとはとうの昔に縁を切ったはずだったが、30になって10代最後の悪夢をズルズルと引きずる羽目になるとは思わなかった。どうにか、逃げ道はないのだろうか…。手の縄は外れないだろうかと力を入れるが全く動かない。何度試したって同じだ。上体を起こそうと力を入れるが、紐が手首に食い込むだけだった。



「体力を失うだけなんだから、自分の運命、受け入れてよ」



「そう、簡単に死にたくないんでね」



「ふふ。死ぬまでたくさん気持ち良くしてあげるのに?」



塩田にも似た事を言われた。その時は心の底から期待してゾクゾクした。その過激な執着は俺にだけ、そう思うと行き着く先が地獄だとしても体は疼いて熱くなった。でも、こいつの言葉は違う。苛立ち、嫌悪し、俺は一刻も早く抜け出したかった。



「ふざけんな。いいからこれ、さっさと…」



でも荒木は俺の言葉なんて聞いてはいない。



「それにしてもすごいよなぁ。まだ腹筋、6つに割れてるんだね。本当、良い体。惚れ惚れする」



細い指が腹筋の隆起をひとつひとつ、愛おしそうに撫でている。俺は奥歯を噛み締め、どうすれば逃げられるのかと考えを巡らせる。でも手が縛られ、視界も奪われている今、何も出来ない。こいつを煽ったところで結末は一緒。だとするなら、どうすれば…。



「ねぇ蓮司さん、ここの注射、誰としたの。相手教えてよ」



荒木は何かを作業しながら、そう訊ねた。カサカサと袋から何かを取り出す音が聞こえる。



「関係ないだろ」



「恋人、じゃぁないよね? そんな相手いないもんね?」



「……どうでも良いだろ」



「さてと、これ、注射よりは効果は薄いかもしれない。でも、きっと満足してくれるよ。注射よりは長く続くし、飛ぶほど気持ちが良いみたいだから。さ、まずこれから始めよう」



「…は?」



「口、開けて。あーん」



それが何かも分からないのに誰が口を開けるかと抵抗するが、荒木はそれを見越したように手際良く俺の頬を鷲掴み、鼻をくいっと摘む。呼吸ができず、つい口を開けてしまえば終いだ。そう分かってはいるのに、苦しさのあまり口を開けてしまった。瞬間、荒木は口移しでクスリ入りの水を流し込んだ。ゴクンと喉に引っ掛かる異物感。何度か飲み込んで、胃に押し込める。



「ちゃんと飲み込んだ? 口開けてみ?」



抵抗を少しでも見せると、半ば無理矢理に口開けさせられ、口の端に親指を引っ掛けられる。口内に何も残ってない事を確認すると、荒木は「偉い偉い」と俺の頭を撫でている。



「効いてくると何もかもが溶けていく感覚になるみたいなんだ」



説明をしながらするりと下着に手がかかり、荒木は露わになったそこに何かを塗りつけた。その何か、の正体は分からないが、塗られた箇所がじんわりと温かくなる。クリーム状の何かはきっと潤滑油として、挿れやすくする為だろうと、ふぅ、と短く息を吐いて呼吸を落ち着けた。荒木の長い指がぷつりと中へ挿入され、中を執拗に刺激する。下腹部が熱くなるのは生理現象だと、唇を噛み締めて声を我慢していると、どんどんと呼吸が乱れていった。卑猥な水音をあえて聞かせるように、音を立てて刺激を与えているのだろう。頭も顔も体も全てが熱い。真夏の炎天下でヤってるみたいだと、呼吸をしようと口を開け、酸素を取り込もうと必死になる。



「……は、…ッ」



胸が苦しい。



「気分、どう?」



「……心臓が、…痛い」



体の中で太鼓を鳴らされているようだった。苦しくなり、心地の悪さを感じる。



「うん、そのうち治まるよ。最初はみんなそうなる。治まるともう何もかもどうでも良くて、快楽に従順になる。でもあんたがそれ以上、快楽に従順になったらどうなっちゃうんだろう」



「荒木…、なぁ、これ…」



舌が回らなくなり、軽い目眩のようなものを感じて、あぁ、そうかと気付いた。これ…、懐かしい感覚だった。笹野さんと一緒にいたあの頃、よく、あの人に与えられていたクスリがこれだ。



「あ、もうガチガチじゃん。苦しそー」



「……荒木、これ、嫌だ…。頼む、頼むから…」



あの頃を思い出す。怖くて仕方がなくなりトラウマが、フラッシュバックする。けれど荒木の手は動き続け、内側を抉るように刺激し続けている。



「荒木…っ」



助けを求めるように声を震わせると、荒木は俺の顔に手を伸ばし、目を覆っていた布を外して微笑んだ。涙で霞む視界に笑顔だけがよく見える。



「本当は目隠ししたまま色々してやろうと思ったけど、あんたの泣き顔って最高にクるからさ」



「……もう、やめてくれ、」



「何処の誰かとはキメセクしてンだから、俺とも付き合ってよ。こんなとこに注射痕なんか残しちゃってさ。しかもここ、腰ンとこ、タバコを押し付けた痕もある。良い趣味してンじゃん。痛みがないとイケない、笹野さんがあんたをそうしたんだ。そうやって、痛みを与えられないと快楽を得られない体なんだからさ、今から与えられる痛みを想像しておっ勃たせとけば良いから」



「荒木、もう、やめ…」



やめてほしい、そう訴えようとして荒木の気に触ったらしい。



「しつけぇな」



ドスのきいた声と共に顔面を思いっきり殴られる。頭にガンと響くような衝撃。脳が揺らされ、涙が溢れた。痛みのせいか、クスリのせいかは分からないが涙が溢れて、顔がぐずぐずと濡れていく。



「泣かれるとますますスイッチ入るな」



もう一発顔面に食らう。頭が、重い。どうしよう、何も、考えられない。



「先走りすげぇよ。あんたってやっぱ、こういうのに興奮すんだね」



荒木は何かを手に取ったのが視界の端に見えた。それを問答無用で奥深くまで一気に突き挿した。短い悲鳴を漏らすと、荒木は楽しそうに声を出して笑った。中を満たすのは冷たくて硬くて異様に長くて、壁を擦ってはうねうねと動き続けている。



「オモチャじゃ足りない?」



荒木の楽しそうな顔から目を背け、俺は軽く痙攣しながら無様に欲を吐き出した。生ぬるいそれが腹と胸を汚し、俺は必死に肩で呼吸を繰り返す。



「イクときはイクって言わないと、ねぇ?」



ガンッと脳内で音がした。たぶん殴られた場所が悪く、どこかを切り、血が溢れて俺は目を開けることすらままならなかった。荒木は俺の顔の真横に手を置き、真っ直ぐに目を見つめた。その瞳孔はすでに開き血走しっている。



「ふたつ目はちょっと効果がエグいかも。ゆっくり吸って吐いてね。すぐ気持ち良くなるから」



真っ白なハンカチを俺の鼻と口に押し付けた。何を染み込ませたのか、ツンした刺激臭の後に、バニラのような強い甘い香りがした。脳をドロドロにされそうで、嗅ぎたくはないが鼻と口を押さえられている今、俺に選択肢はなかった。



「ほら、ゆっくり吸って、ゆっくり吐いて」



顔をふるふると左右に振っても無駄で、付き纏うその甘すぎる香りに吐き気がした。グラグラと周りが歪むような感覚が自分を襲い、気持ちが悪くて、咳き込むと、荒木はようやくハンカチを外して、軽く唇に啄むようなキスをした。



「蓮司さん、もうドロドロだよ」



呆れたように笑われているが、思考が纏まらない。逃げる気力すらも奪われ、ふわふわとベッドに溶けていく気分だった。腰はひくつき、イキたくもないのに勝手に高揚感が体を支配し、否応なしにまた熱を吐き出した。



「オモチャ、そんなに良い?」



荒木はそのまま下腹部へ顔を埋めると、また、そこへ歯形を残すように噛みついた。その痛みに俺は仰け反りながらまた欲を吐く。ギリリと奥歯を噛み締め、涙が止めどなく溢れてくる。体はわけも分からず、欲を吐き続けている。



「蓮司さん、もうそろそろオモチャ外そうか」



しばらく俺の体で遊んだ後、荒木はそう優しく問い掛けた。俺にはもう口を開く余裕がなかった。ただこくこくと頷いて荒木を見上げる。荒木は目を細めて笑うと、甘く喰むように唇を重ねた。俺はただ、白い天井を見つめている。



「まだたくさん、楽しもうね」



硬くて熱いそれをぐっと奥深くへとねじ込まれると、それだけで痙攣してしまうようだった。さきまで中を抉っていたオモチャとは比べ物にならない快楽に脳がショートする。



「中、熱くて最高」



荒木はそう満足そうに笑い、俺はただ無意識に涙を流した。イってもイっても足りない。呼吸の仕方がよく分からない。口を開けて酸素を欲するが脳に酸素が届いている気がしない。



「なぁ、今、強い痛みを与えたら、どうなるの思う? 今のあんたなら本当に壊れちゃうかもしれないよなぁ」



荒木の声は淡々としていた。俺に見えるようにナイフを取り出すと、ひたひたとそれを胸に当てている。その無機質な冷たさに俺は、いよいよ殺されるのだろうと覚悟した。滅多刺しにされて、血まみれで発見されるんだろうな、と。



「蓮司さん、もっと、泣いて。声、聞かせて」



涙は次から次へと溢れ出て、熱い息を吐き続ける。



「旭司さーん、出所おめでとうございまーす。これは俺からの出所祝いでーす」



荒木がそう言い終えると同時に、その鋭い刃は左の脇腹の薄い皮膚を縦に切り付けた。ゆっくりと刃先が皮膚を裂いていく。



「あぁぁああっっ!!」



あまりの痛みに絶叫を上げて体を仰け反らせると、荒木は驚いたように目を見開いた。



「うっお、…すっげぇ、ちょっと締まり過ぎ…、っ」



涙と血で何も見えなかった。熱を吐きだす事はなく、荒木は俺の腰を強く抱くと無邪気に笑っている。



「蓮司さん、イったよね? でも何も出てないよ。やばいね、あんた」



脇腹の傷が尋常なく痛い。血がダラダラと流れ、白いシーツを染めていくのを何処か他人のように見ていた。これ、放っておいたら死ぬのかな。そんなわけないか。たかが切り傷だ。刺されたわけでもないし、そんな深くもないだろう。だったら、まだ死にはしないのかな。



「さすがにイキっぱなしはキツイ?」



俺は頷くことも返事をすることもできなかった。



「もうさ、死んじゃおうか」



荒木の手に注射が一本握られている。塩田、見てんのかな。楽しんでんのかな。お前と同じようなトチ狂った思考の野郎がここにもいる。けど、どうしてかな。ヤクやってセックスしてんのに、お前とした時は後悔するくらい快かったんだよな。


 

「うっ、…ふぅ…」



注射は太腿の付け根にぷつりと刺され、中の液体は全て体内へと流される。抵抗しようと口を開くが回らない呂律と、おぼつかない動きで何ひとつ伝わってなどいない。荒木は「なに?」と、俺を小馬鹿にしたように笑うとまた一発、俺の顔面を殴りつけた。荒木の手に血が付いていた。もちろん荒木の血ではない。



「快い顔してンね」



荒木はそう口角を上げて俺を見下ろした。



「笹野さん、あんたの顔が好きなんだって。俺もあんたの顔には昔っからひどく執着してたから、笹野さんの気持ちも分からなくもないんだけどさ、でも、好きな人があんたの話しばかりすんの、楽しくないよね。あんたがどれだけ美しいか、どれほど完璧か、もう聞き飽きたんだよね。だからあんたを壊してやらないと、気が済まないんだよ」



荒木の声はとても低くて、静かで、恐ろしいくらいに落ち着いていた。



「あんたが痛がる度に、ここ締まって、すっげぇ気持ち良い。でも、もうそろそろ限界、かな…」



あーあ、塩田とヤりながらだったらまだ許せるけどなぁ、こんなやつとヤりながら死ぬなんて、絶対嫌だな。でも、もう、無理かなぁ。奥に吐き出させる熱を感じながら、俺はふっと意識を手放した。


体の尋常じゃない痛みと共に再び目が覚めた。あれ、まだ、生きてる。意識を戻したと同時に頭と顔がひどく痛み出し、吐き気に耐えられなくなり、気持ち悪くて起き上がる。そこは知っている場所だった。横に置いてあるシェルフにはうがい受けのようなバケツがあり、そこに吐こうとしたが、空気だけが吐き出されて何も出てこない。起きていても吐けないし、気分が悪いから再びベッドに横になった。


真っ白い天井に、薄汚れた白い壁。薄いピンク色のカーテンから外の光が漏れている。少し離れた所にもう一台ベッドがあり、隣のベッドとの間には薄いピンク色のカーテンが仕切りになっているが、今は仕切りとして使われていないらしい。入口のドアは少し空いていた。


ここは病院の一室だ。それも小さな町病院で、医者はひとりだけ。そしてその医者の事を俺はよく知っている。その医者も俺の事をよく知っている。そっか。ここに連れて来られたんだ。って事は、荒木は本当に笹野さんと繋がりがあるんだな。


だとするなら本当に、厄介な事になってしまった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る