第58話 潜伏 その1

 車は、そのまま国道とおぼしき道を進み、再び山間にはいりこむ。急こう配のさびれた別荘地を上り、中途の平屋にまでたどりついた。ホワイトリリー王宮からここまで、約四時間の道のりだった。


「ここよ」


 美由紀がつげたのは山の中腹で、周囲は森林に、廃屋がちらほらと。それらの建築物に人が住んでいる気配はない。


 入口まで雑草をかき分け、扉をギィと開いて中に入ると……。


「晴斗さま!」

「晴斗!」

「晴斗センパイ!」

「お義兄さま!」


 澪たち四人が、待ち受けていた様子で、俺に抱きついてきたのだった。


「車の音がしたので、もしやと思い、玄関で待っていたのです」


 澪たちには、クーデターという話はしていなかった。しかし、シャーリー派に襲われた場合は逃げる様には伝えておいた。


 その澪たちに美由紀から連絡が入り、王宮に詳しいサリーの最終判断によって避難を決めたということだった。


「サリー、素晴らしい状況判断だ。よくみんなと避難してくれた。感謝するぞ」

「えへへ……。もっとホメテいいんだよ?」


 にへら~と顔を崩すサリーはとりあえず横に置いておいて。中は雑然としているが台所の他に部屋がふたつあり、雑魚寝にはなるがそれなりに過ごせそうな塩梅だった。美由紀が、車に積んでいた荷物を中に入れながら、簡単に説明をしてくれた。


「ここは、バブル期には高値のついていた別荘地の一角。いまは負動産で買い手もつかないから、登記簿はそのまま放置。さいわい、電気、上下水道は通っていて、ガスはプロパン。お風呂は温泉だから一息入れるといいわ」

「ヤタ! 晴斗とオンセン! 旅行イライ!」

「サリーはいつも元気だな」


 俺は、あきれながらもそのサリーに元気をもらう。周囲の警戒は美由紀と近江さんに任せて、疲れた身体をいやそうと、澪たちとお風呂に足を踏み入れたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇



「ちょっと、狭いわよここ」


 ナナミが無理やり湯船に入ってきて、俺と二人ですし詰め状態。


「仕方ありません、ナナミさん。それでもお義兄さまとお風呂に入れるのですから感謝しませんと」

「そうですね。せまい空間ですが、逆にそれが晴斗さまを近くに感じられて、私は嬉しいです」


 洗い場でカラダを洗っている沙夜ちゃんと澪が、おかしくも楽しいという様子で笑い声をあげた。


 俺たちは逃げ出して追われているという状況。しかしこの四人と一緒にいると、雰囲気がいつものものに、ガラッと変わるのだ。


「アタシもオフロ、入る!」

「無理だサリー。その余裕はない」

「モンドウムヨウ!」


 サリーがぎゅうぎゅうの浴槽に割り込んできて、惜しくらまんじゅうのようになり、ナナミがいきおい不平をあげる。


「ちょっと、晴斗! どこ触ってるの!」

「え? 確かに胸に当たってるが……。俺たちって触る程度じゃなくて入れる仲……」

「シャラップ!」


 ナナミは、わかってないといわんばかりに、さとしてきた。


「そのときはそのときで、いまはいま」

「ただ触れるのも、ダメなのか?」

「時と場所と状況に応じて使い分けなさいって話、私の夫なら」

「難しい……な……」

「アタシはエロいイミで触ってくれてもいいよ。今ここでヤルのもアリ!」

「発情猫はちゃかさない!」


 俺は、張り詰めた緊張がほぐれていくのを実感していた。この四人は、いつも俺に安らぎを与えてくれる。そんな澪たちに感謝しながらの、会話と笑い声の絶えない、お風呂場でのひとときなのであった。

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