第51話 対馬の菜園 その1

 俺は、近江さんとの会話のあと、部屋から出て王宮の庭園端にまでやってきた。ひとけのない場所で、サリーと待ち合わせをしていたのだったが……。


 あれ? サリーだけじゃない。他にもう一人、体格のいい女性が野良着で地面にかがみこんでいて、サリーが隣からそれをのぞきこんでいたのだ。


 よく見ると、そのガタイのいい女性には見覚えがあった。定例会で甲冑を着ていた、十二騎士の一人。今は野良着で、なぜか草むしりをしている。


「サリー」


 俺は後ろから声をかけた。サリーは振り返ってきたが、ガタイは草むしりを続けたまま。俺は、そのガタイに話しかけた。


「何をやって……いるんですか?」

「見てわからないか? 菜園の管理だ。こまめに雑草をとらないと」

「菜園?」


 俺は疑問符を口に出したが、確かに目の前にはナスやキュウリ、トマトといった家庭菜園みたいなものが広がっていた。


「無農薬、無肥料だ。うまいぞ。お前も一つどうだ?」


 ガタイは、そう言ってからトマトをもぎ取って、口を開けてそれにかぶりついた。赤い実からジューシーな汁がしたたり落ち、確かに見ているだけで美味しそうだ。


「会議では無礼な態度とって悪かったな。こんなナリだから、男にいい思い出がなくてな。すまない。許してくれると助かる」


 謝ってきたガタイは、野菜を作っている素直な女性だった。素敵な人じゃないかと、率直に思った。


 たしかに俺よりも背は高くて体格はいいが、鍛えられた肉体美は美しいし、面立ちも整っている。髪型とか身なりのせいで無骨に見られがちだが、よくよく見ると、スポーツマンで通る見栄えだ。


 シャーリーなんかよりもよほどできた女性だと、俺はひそかにガタイと侮蔑的に呼んでいたことを心の中で恥じた。


「お名前、確か対馬さん……でしたよね。この宮殿エリアを管理されている」

「そうだ。対馬だ。建物の建築や修理から、セキュリティー管理まで。俺の領地内にここの王宮があるから、一任されている」

「対馬さん。こちらもあいさつが遅れて申し訳ありませんでした。女王陛下の婚約者の三河晴斗です。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、だ。晴斗……さまと申し上げた方がよいのか?」

「晴斗でけっこうです。晴斗と呼んでください」

「なら、晴斗。堅苦しいのは苦手だから、助かる」


 トマトの前にしゃがんでいた対馬さんが、立ち上がって、ぽんぽんとその手を払ってから俺に差し出してきた。その対馬さんと、硬く握手をした。しっかりと筋肉のついた、苦労を知っている、労働者の手に思えた。


 ふと、この無骨ながらも擦れてなさそうに見える対馬さんは、女王派なのかシャーリー派なのか……。そんなことが頭をよぎった。だからかもしれない。自然と言葉が口をついて出た。


「対馬さんは女王陛下のことをどう思ってますか?」

「シャーリーは好かん」


 俺の問いへの直接的な回答ではなかったが、さらに話を進めたいと思うのに十分な、対馬さんのセリフだった。


 俺は、薄氷を渡る決意を固める。


「対馬さん。少し……。少しだけ突っ込んだ話を……」


 言葉を絞り出したのだった。

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