第50話 近江さんに聞いてみる

 シャーリーの勧誘は青天の霹靂だった。いや、晴天ではなく、曇り空程度の現状なんだが、一気に崖っぷちに追い込まれた感があった。


 俺はどうしたらよいのかと思案した挙句、とりあえず十二騎士に探りを入れようと、近江さんを部屋に呼んで質問してみることにしたのだった。



 ◇◇◇◇◇◇



「で、なに、要件って? 晴斗くんから呼び出すんだから、よっぽどのことなんだよね?」


 俺の対面で、ソファに座りながら、紅茶を口に運ぶ近江さん。足を優雅に組んで、リラックスしているという態度に、十二騎士としての貫禄も身についてきたと思う。


 俺は、そんな近江さんを見ながら、言葉を選んで質問を投げかけた。


「俺はここの内部には詳しくないんだが、十二騎士って、女王陛下の部下なんだろ?」

「いまさらな質問だなぁ……。まあ、そうなんだけど、絶対服従とかじゃなくて、騎士の自由は認められているけど」

「どのくらい? 好きなおやつ買っていいとかって話じゃなくて」


 ふざけたセリフを入れたのは、アットホームな雰囲気を出して、近江さんの口をなめらかにしようという意図。近江さんは、あははと笑ってから、真面目な言葉を返してきた。


「自由に行動も活動もできるし、ある程度の独断専行、お金を動かすとか力を行使するとかも認められてる。江戸時代の将軍様と大大名というか、戦国時代の太閤殿下と五大老というか、そんな感じかなぁ。よっぽどのことじゃない限り、騎士が責任を問われることはないってカンジ。女王陛下をよく思ってないっぽいくらいじゃダメで、明らかに武力で謀反を起こすとかじゃない限り」


 そう答えた近江さんは、紅茶を飲みほして、ソーサーにカップをカチャリと置いた。そしてそのあとで、油断していた俺の急所に、言葉の短刀を突き刺してきたのだった。


「反女王派筆頭のシャーリーさんに、離反を誘われた? 色仕掛けされて、脅されたとか」

「!」


 いきなりの急所を突かれて、一瞬言葉に詰まり、身体が固まった。近江さんに反応できるようになるまで、少しの時間が必要だった。


「図星……だったのかな? カマかけただけなんだけど」

「お前……。怖い女だな……」

「そうかな? 晴斗くんにそう言われると……ちょっと、傷つくなぁ」


 俺がテーブルのポットから近江さんのカップに紅茶を注ぐと、近江さんは再びそれを手に取って続けてきた。


「そのくらいの腹芸ができないと、この王宮では生き残っていけないよ。誰が敵で、だれが見方で。誰と誰がつながってるかなんてわからない。裏切りと調略を巡らして、みんな上に行こうと必死だから」

「なるほど……」

「で、大きく簡単に言うと、女王派と反女王派がいるってこと。今の女王が即位するときに、対抗馬だった方が女性至上主義の廃棄を主張してホワイトリリーから追放されてるんだけど、現女王の政策も女性至上主義には程遠くて、女王を支持した人たちの多くも離反しちゃったって感じ」


 近江さんは一息にそこまで言うと、普通の学園女生徒みたいに、音を立ててずずっと紅茶をすすった。


「あと、サリーさんが晴斗くんのお付でここに来たりしてると思うんだけど、あまりあちこち動き回らない方がいいかなって。ただでさえ目につくし、あまりスパイ活動に熱心だと、いくら晴斗くんの後宮夫人だからってお目こぼしにも限度があるから」

「わかった……。サリーにはよく言っておく」

「あと、私自身は女王派だから。女王陛下に取り立てられたから当たり前で、隠す必要ないから言っておくけど」


 そこまで話してから、近江さんは席を立った。


「私の話、少しは役に立った? 晴斗くんの立場は微妙だよね。女王派と反女王派。追放されたレジスタンスの方々は別件で。どちらにつくにもメリットデメリットがあって、どちらにもつかないと両方ににらまれる。私は晴斗くんには味方になってほしいけど、心中お察し申し上げます」


 近江さんはふふっと笑ってから、俺に背を向けた。


「近江さん!」


 俺は最後に、問いかけた。


「学園生のよしみで、アドバイスを一つだけ。個人的な感想でいい。俺は、どうすればいいと思う?」


 と、近江さんが振り返ってきて、あごに人差し指を当てて、そうだなぁと考えるしぐさ。


「個人的には女王陛下の味方について、あとのことは後で考える……かなぁ。シャーリーさんの性格からして、事が成功して用済みになった晴斗くんを生かしておくことは絶対にないって思えるから」


 恐ろしいことを言い放ってから、じゃあねと、近江さんは部屋から出ていった。後に残された俺は、困った……と、天井を仰ぐしかないのであった。

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