第7章 王宮暗躍編(第49話~第55話)

第49話 シャーリーの誘い

 王宮の自室ソファで、ホワイトリリー憲章に目を通しながらのゆっくりとした午後。ドアをコンコンとノックする音が聞こえて、俺はどうぞと声を返した。


 扉が開き、上品な立ち振る舞いで、貴族令嬢のような金髪ロングの女性が入ってきた。衣服は、近江さんと同じ、騎士学校の制服姿。記憶にある人で、前の定例会にいた十二騎士だったのを思い出す。


「ここ。よろしいでしょうか?」


 女性が聞いてきて、俺は「はい」と短く答えた。てっきり、テーブル前の椅子に座るのかと思っていたら、俺の隣にすっと腰を下ろしてきて、その近しい距離感に驚く。


「十二騎士筆頭、シャーリー・ルイーズと申します。シャーリーとお呼びください」


 令嬢は言ったのち、小首をかしげて微笑を浮かべる。柔らかで暖かな笑みで、表情だけを見ていると俺に好意があると勘違いしてしまいそうになる。


「前に……定例会でお会いしましたね、シャーリーさん。あのときはあまりお話できませんでしたが……。今日はいったい何のご用件なのでしょうか?」


 俺は、自宅マンションで澪たちにたしなめられたばかりだった。この王宮内、特に十二騎士に対しては、慎重にふるまえというアドバイス。自然と、口から出る言葉も表面的なものになる。それに対してシャーリーは、いきなり懐に飛び込んで短刀をのど元に突きつけるようなセリフを放ってきたのだ。


「単刀直入に言います。私たちと手を組みませんか?」

「手を……組む……?」


 意味が分からずに、思わずシャーリーの目を見つめ返してしまった。そのシャーリーが、俺の反応に満足しているという様子で続けてくる。


「女王陛下に退位していだだきます。現状、女王陛下には世継ぎがいないので、憲章に従って十二騎士筆頭の私が仮の女王位に就くことになります」

「その物言いだと、女王が結婚して、俺と世継ぎを作ってしまったらシャーリーさんにとってはまずい……と、とらえますが?」

「その通りになります」


 シャーリーは、いけしゃあしゃあと言い切ってきた。自分の目論見を隠す気もない。


「権力が……目的だと?」

「そうです。その為に、ホワイトリリーをあるべき姿に戻します」

「あるべき……姿……」


 俺に、女王に対する裏切りを進めてきたシャーリー。その表情は、麗しい貴族令嬢にふさわしく穏やかで。謀反をたくらんでいる女の顔には、とても見えない。堂に入っているというか、肝が据わっているというか。


 驚きながらも感嘆しているその俺に対し、シャーリーは説明を続けてきた。


「女王陛下は先代を継いだあと、職務は忠実に果たしてきましたが、そのじつ言動が一致しておりません」

「……というと?」

「女王陛下は、女性至上主義を標榜すれど、それを推し進めることをしておりません。いわば、お題目としてその主義を利用しているようにさえ思えます。さらに、独断専行をすることが多々ありました。例えば、晴斗さまに関することになると、他の者の助言を一切聞き入れません」

「確かに、シャーリーさんからみると、そうはなる」

「三ヶ日騒乱で、対抗馬であった姉の周防美由紀……ご存じですね、を追放し即位して以来、その独断専行が目立ちます。我々シャーリー派閥、反女王派としては、この巨大組織を本来あるべき姿に戻して、その長に私が立ちたいのです」


 周防美由紀が美咲の姉!


 想像はしていたが、実際に言葉として聞いてみると、それ以上の驚きがあった。加えて、三ヶ日騒乱とか、追放とかいうぶっそうな単語がならんで、ホワイトリリー内も複雑なんだと再認識する。


「はっきり申しますと、晴斗さまにとって、現女王は邪魔な存在だと思います。現女王さえいなければ、港北市の自宅マンションで澪さんたちと仲睦まじく暮らしていけるはずですので」


 シャーリーが、俺たちの急所を突いてきた。俺はそのシャーリーの指摘を聞いて、うーんと腕を組む。


「私が仮の女王位に就いたのちには、晴斗さまを無事に解放いたします。以後、晴斗さまと澪さんたちには手出しはいたしません。退位された女王には、組織から離れて穏やかに過ごしていただきたいと考えております。長い余生になるかもしれませんが」


 シャーリーが、誘うようにいざなうように、俺を誘導してくる。


「今は後宮が認められておりますが、いずれそれも女王の意向で取り上げられるでしょう。同じ女なのでわかります。女王は、晴斗さまを独占したい想いを抑えられなくなるのは確実だと思っております。そうなってからでは晴斗さまにとっては遅いのです」


 俺は、どうすべきか、即座には判断がつかなかった。この女の言葉には現実味があるのか。女王派に付いて、女王の懐柔を進めた方が無難ではないのか。あるいは、この女は信用がおけるのか。と……。


「私が信用できませんか?」


 シャーリーが、真摯なまなこを俺に向けてきた。その瞳でじっと俺を見つめてくる。のち、顔に誘うような笑み浮かべて、いきなり言い放ってきたのだ。


「女王陛下のように、身体を重ねてみれば、私の真意もわかっていただけるかもしれません。殿方に抱かれているときには、女は無防備にココロをカラダをさらけ出してしまうものです。いかがでしょうか。私の真意を確かめてみる……というのは?」


 シャーリーが、俺に顔を近づけてきた。ほんのりと桜色に染まった頬と、ピンク色の唇。白くつややかな肌に誘われたのだが、澪や沙夜ちゃんたちのときとは違って、さして興奮はしなかった。


 今までに何度もあったシチュエーションだったし、見目麗しいとはいえシャーリー自体に恋情を感じなかったのが大きかった。


 俺は、女王の件ははっきり拒絶しようと考えた。しかし、沙夜ちゃんの「細心の注意を払ってください」というセリフがふと浮かんで、いったんはと冷静に答える。


「……考えさせてくれ」


 その言葉に、シャーリーが動きを止める。身を引いて「そうですか」と短く答えたのち、恐るべき言葉を言い放ってきたのだった。


「よかったです、はっきりと断られなくて。断られ方によっては、死体が一つ増えることになったかもしれませんので」


 ニコッと、天使の様な令嬢の微笑みで、悪魔の言葉を吐く。


「ここへは忍んできておりますし、晴斗さまの監視役や王宮の侍従長もすでに我々の手の内です。明日になれば、下手人不明の死体がベッド上に一つ転がっているだけの話でした。女王は気が狂うかもしれませんが」


 俺は、背筋が震えて、脂汗が噴き出してきた。その前で、シャーリーが容赦なく続けてくる。


「私が何の準備もなしにここまでの話をするとは思わない方が賢明でしょう。私は十二騎士の筆頭です。十二騎士とは、ホワイトリリー内でその程度のことはできる存在なのです」


 微笑みのまま、淡々と口にしてくるシャーリー。よかった、断らなくて。さらには、うっかりと色仕掛けに乗ったらどうなったのだろうかと、肝を冷やす。そんな俺に、シャーリーはとどめの一言で釘を刺してきた。


「他の方にこの話をするときは、くれぐれもお気をつけください。女王陛下に話されても、晴斗さまの言程度では私をどうこうすることはできないでしょうし、後宮には無防備な澪さんたちがおります。私個人を排除しても、それは変わらないことをご理解の上、女王陛下退位に関するご返答をくださいませ。いずれ、また聞きにまいります」


 それだけ言うと、シャーリーは用事は済んだとばかりに、軽く会釈をして部屋を去っていったのであった。動けない俺を後に残して。

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