第37話 世界のカタチ

 俺は、近江さんの先導でイースティンホテルを出て、駅への道を進んでいた。まだVIPルームでの接待の興奮が冷めやらず、宙を歩いてるよう。と、近江さんが俺を支えるように手を取ってくれた。


「大丈夫ですか、晴斗さま。いきなりの歓待に驚かれてしまったのかもしれませんね」


 近江さんは、VIPルームで話し方を変えてから、今に至るまで敬語を使ってくる。俺はただのクラスメートだからと言っても、微笑みながら晴斗さまは晴斗さまなので……と口調を変えようとしない。


 その近江さんが、こちらへと、俺を裏道にいざなった。とたんに人通りが少なくなり、道幅がせばまって、薄暗くなる。両脇の建物も、壁がはがれたり汚れたりで、うさん臭い。ちょっと足を進めるのにちゅうちょしたが、隣の近江さんは表通りを歩いているときと変わりなく平静なので、おっかなびっくりだけど一緒に進む。


「こっち、駅方向と違うけど、大丈夫な……」

「いかがでしたでしょうか、VIPルームでの歓待は?」


 近江さんが、唐突に言ってきた。


「お気に召されましたら、いつでも、気分の向かれたときに利用いただいて構いません」

「え?」


 突然の話に、俺はどう反応していいか、わからない。近江さんは、道路に転がっているゴミを避けながら、俺に向けて言葉を続けてきた。


「私、晴斗さまのことをずっと見て、報告しておりました。クラスでも学園内でも。何を見てどう判断され、どう考えてどう行動されたのかと」

「報告……?」

「はい。晴斗さまにはいっかいのご学友としてふるまっていたのですが、甲斐君のおかげで近しくなれました」

「そ、そうだ! 甲斐! 学園で姿を見ないけど、あれから絡まれたりしてないか? しじゅう付き添ってるわけじゃないから」

「問題ありません。甲斐君も、最近はそれどころではありませんので」


 近江さんは、甲斐の事を知っている様に言ってから、にっこりと微笑んだ。そして……。


「ここです。目的地になります」


 スラム街の突き当りみたいなところの、二階建てのバラックにまでたどりついた。俺についてきてくださいと、うながしてくる。


 俺は、近江さんの目的がわからなかった。でも先ほども予想もしてなかったVIPルームだったので、今度も何かのビックリなんだろうと想像した。さびついた階段をのぼり、「どうぞ」と近江さんが一室のドアを開いて。


 中に入ると、薄暗い部屋でよく見えない。アロマみたいな甘い香りが充満していて、くぐもったあえぎのような声が響いている。やがて目が慣れてくると、光景が飛び込んできて、俺はその景色に言葉を失った。


 複数人の男女がいた。その男女が、ベッドや敷布団の上で裸で絡み合っている。あえぎに聞こえたのは、ほんとうにあえぎだと理解する。と、見覚えのある顔が目についた。あれは……? 甲斐!


 ベッドで女性にのしかかって、夢中で腰を振っていた。ただ、目はうつろで口からはよだれを垂れ流して、なにかにとりつかれているようにしか見えない。


「もう甲斐君は、私たちの言う事を聞くだけの性○隷ですね」


 近江さんの、ふふっと可愛らしく笑った声が耳に届いた。


「晴斗さま。私たち、ホワイトリリーの同志になってください」

「ホワイトリリー……」


 俺は、それ以上、言葉を継げない。


「すぐに返答してくださいとは言いません。考える時間を差し上げましょう。ゆっくり考えてから返答をください。あのVIPルームのあるイースティンホテルには、私たちの資本が入っております。このスラムを管轄している反社も私たちの手の内。私たちの手は晴斗さまが思っているよりもずっと長く広く、社会に根を伸ばしているのです」


 答えられない俺に対して、近江さんがさらに言葉を続けてくる。


「表通りのブランロードははなやかできれいで。最高級のホテルにはVIPルームがあり。同じ街の裏側では、この部屋のようになっています。これが現実であり、世界のカタチなのです」

「世界のカタチ……」

「そうです。そして、晴斗さまはその世界に祝福される側に立つのです」


 その近江さんが、両腕を大きく広げて高らかに言い放ってきた。ほんとうに素晴らしくて輝かしくて、喜ばしいことのように。


「晴斗さまは、女王陛下に見初められたのです」

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