第36話 接待
両端に立っていたホテルマンによって大扉が開かれると、中の様子が目に飛び込んできた。天井をシャンデリアが飾り、重厚な木目の壁は絹のレースで飾り立てられている。豪華なアンティークテーブルの上にはグラス類が並び、貴族邸宅のパーティルームさながら。そして……。
「お待ちしておりました、晴斗さま」
入り口から奥にまでずらっと整列していたセクシーなドレス姿の美女たちが、一斉に美麗な声を響かせた。俺は驚愕して、開いた口もふさがらない。
「晴斗さま。こちらへどうぞ」
近江さんが、混乱の極みに達して固まっていた俺の手を取る。そのパーティルーム内に案内され、中央にある黒革張りの豪華すぎるソファにまでたどりついた。うながされるままにそこに座ると、左右に近江さんや美女たちが当然にという様子で腰を下ろす。
「お飲み物は、何になさいますか?」
そばにきた黒服に、丁重に話しかけられた。どう反応してよいのかと、あたふたと慌てるばかりの俺に、その黒服が「ではこちらにてご用意いたします」と丁寧に礼をして下がっていった。
黒服は、面立ち、声、膨らんだ胸から若い女性だと分かったのだが、よくよく見ると周囲の美女たちも、まだ思春期の少女だとわかる。大人のドレス、大人のアクセサリー、大人の化粧や大人のネイル。しかし顔立ちは少女の面影を残していて、俺と同じ高校生くらいだろう。
「マンダリンオレンジとあまおうの、フルーツカクテルになります。ノンアルコールなので、晴斗さまのお口に合うかと存じ上げます」
黒服美女が戻ってきて、逆三角形のカクテルグラスを俺に前に給仕する。隣の近江さんのおすすめのままに口に運ぶと、甘酸っぱい芳香が口内いっぱいに広がった。
「すごく、おいしいな……。これ……」
それだけ言うのが精いっぱい。そのうちに、前菜が運ばれてきて、テーブルに置かれる。
「ホワイトアスパラとグリーンピースのマリネになります」
おそるおそる口に運ぶと、アスパラが柔らかく溶けた。
「これは……」
食べたこともない食感に、背筋が震える。
「モッツアレラチーズのパンプキンスープになります」
「焼きトマトと北海道シュリンプのカナッペになります」
「鹿肉のロースト、男爵のテリーヌ添えになります」
次から次へと料理が運ばれてきて、知らず知らずに夢中になっていく。ひとしきり、フレンチのコースを食べ終えて、俺は息をついてふと正気を取り戻す。
「近江さん。こんなところで食事して大丈夫なの、食べちゃったけど。あと、話変わるけど近江さんは食べないの?」
聞いてみると、「私はダイエット中だから」とにこやかな返事が返ってきた。そして、その近江さんと入れ替わるようにして、美少女たちに囲まれる。
「晴斗さま。学園とはどのような場所なのですか?」
「晴斗さま。授業は何がお得意なのですか?」
「晴斗さまのような殿方とお話できて、幸せです」
「晴斗さまほど素敵な殿方を見たことがありません」
「晴斗さま」
「晴斗さま」
繰り返される称賛と、向けられる美少女のあこがれのまなこに、再び理性が溶けていく。極上の美少女たちの、言葉とスキンシップの奉仕に、俺の中にもある承認欲求とか男の支配欲がムクムクと鎌首をもたげてくる。離れて座っていた近江さんが、にこやかにたずねてきた。
「いかがですか、晴斗さま。ご気分は?」
「わるく、はない……」
素直にというか、つい自然に口に出てしまった。
「罪悪感みたいなものはあるんだが、俺の中のもう一人の俺が、喜んでる」
それを聞いて、近江さんが満足そうに微笑んだ。
「それでよろしいのです。自分の本能に素直に従ってください。よろしければ、私を含めてここにいる女の子たちをご賞味なさいますか。奥にベッドルームがありますので、何人同時に選んでいただいてもかまいません」
「……え?」
近江さんの言わんとしている意味はわかった。火照ったまなざしで見つめてくる、周りの美少女たちの熱に、欲望が揺さぶられる。しかし、さすがにそこまではと、欲望よりも罪悪感が勝った。俺には澪たちがいる。ここで悪徳政治家のようにハメを外すのは、欲望があるとはいえ、さすがにはばかられるのだ。
「なら、このままお気楽にお楽しみください、晴斗さま」
近江さんはそう言うと、俺の隣に移ってきて、肌をぴったりとくっつけてきた。四大美花とは呼ばれてはいないが、学園で人気のあるクラスメートの近江さん。その近江さんが薄着のワンピースで俺に密着してきている。それだけで、理性が飛びそうになっているのに、美少女たちが「晴斗さま」と俺の名を連呼する。
◇◇◇◇◇◇
夢のような時間が過ぎ……。
ふらつく足取りのまま、近江さんに連れられて、VIPルームを後にしたのだった。
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