第35話 近江さん その3
翌日の土曜日の朝十時に、俺は近江さんと港南中央駅前の噴水広場で待ち合わせをした。学園で、身近にいる女の子と昨日の今日。というわけで、ジャケットにジーンズというありふれた格好で出かけた。
対して近江さんは、真っ白なフレアワンピースという、これぞ正に深窓の令嬢という服装で現れた。頭にちょこんと乗せたベレー帽と足のハイヒールが、お嬢様感に輪をかけている。
「どうかな?」
「いや……。なんでそんな格好をしてるんだって……。え?」
驚いて、まともなセリフにならない俺に、近江さんが気恥ずかしそうにワンピースのすそをつかむ。
「こういう格好、場違いかなって思ったんだけど、せっかくのデートなので積極的になってもいいかなって思って」
口にした後、クルリと一回転してスカートを揺らした近江さんに、俺の心臓がドキリと跳ねる。
「デ、デートじゃない……だろ?」
「うんそう。デートじゃなかったね」
近江さんはにっこりと微笑むと、いきなり俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
「いきましょ」
驚いてなすがままの俺は近江さんに連れられ、ブランロードに足を踏み入れて、ショッピングモールへと進み始めたのだった。
二人腕を組んで、プラタナスの街路樹が鮮やかな、レンガタイルの歩道を進む。右脇には、お洒落なカフェやアパレルショップが並ぶ、瀟洒な通り。この時間帯になると、若い男女のペアも多い。
「私たちも、恋人同士に見えるかな?」
近江さんが、俺の顔をのぞきこみながら聞いてきた。俺に向かってくりくりとしたまなこを送ってくる。
「いやそれは……。俺にはもう恋人たちがいるから……」
「うん。すごくドキドキしてワクワクする感じ」
近江さんは、俺の否定を気にする様子もなく、ぎゅっと密着してきた。柔らかい胸のふくらみが伝わってくるのに加えて、香水のフローラルな香り。自然と心臓が高鳴ってしまい、収まれ、収まれ、と言い聞かす。
あたふたと慌てている俺と、対照的に軽やかな足取りの近江さん。
俺は近江さんに抱き着かれながら足を進め、港南ショッピングモールにまでたどり着いたのだった。
モールは、飲食店や服飾店などのテナントが入った複合商業施設だ。出来たばかりで、出向いてきた人々でごった返していた。
「スターパックスで飲み物買ってから、回らない?」
近江さんが、どうかな? という面持ちで提案してきた。反対する理由もないし、のども乾いていたので、俺は近江さんに同意した。
スタパで抹茶ラテを買ってから、モールを二人で回り始める。カフェにブティックに宝石店。色とりどりの華やかな店が、ずらりと並ぶ中を進む。
上の採光窓から降ってくる光がまぶしい。この世界の輝きを集めたような、華やかな場所。近江さんと一緒に歩くと、世界に祝福されているようで、気分も上がってくる。もちろん、澪たちのことは忘れていないので、デート気分にひたってはいけないと自分に言い聞かせつつ。と、隣の近江さんが、唐突にいってきた。
「ねえ。そろそろお腹、すかない?」
「まあ、そろそろお昼だしな」
「ここのイースティンホテルの最上階VIPルーム、予約してるの」
「澪だってめったに使わないホテルだぞ。なんでそんなとこを……」
「ふふっ。秘密。このデートの最後にネタバラシしてあける」
近江さんは人差し指を口に当てて、ナイショというジェスチャー。俺たちはエレベーターを上がって、モールに併設されている超高級ホテルのVIPルームにたどり着いたのだった。
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