第30話 監禁 その2


 目をつむったまま、奥歯を噛みしめていたが、何も起こらなかった。もう五分はたっただろうか……というところで、俺はその目を開いて、美由紀に顔を向けた。


 美由紀は俺に片手を伸ばしたまま、動きを止めていた。俺をじっと凝視して、まばたきすらしない。


 やがて、その手を下ろし、ぽつりとつぶやいた。


「気が変わったわ」


 それだけ言って、俺に何をすることもなく、上に覆いかぶさってきた。


 大の字で寝ている俺。その俺の胸に手を当てて、身を寄せてくる美由紀。美由紀の真意がわからずに、何がしたいのかわからずに、俺はその美由紀に尋ねた。


「俺のこと、無理やりにでもモノにする……んじゃなかったの、か?」


 美由紀が、俺の耳元でささやいてきた。


「そのつもりだった。さっきまで。でも、貴方の歪んだ顔が見たくないって、思ってしまったわ。貴方をオトす自信はあるんだけど、私のやり方だと思っていたんだけれど、そのやり方をしたくない。なぜかしら、ね。この世界で……寂しかったのかもしれない」


 美由紀は自分が可笑しいという様子で、ふふっと笑った。


 その美由紀は、俺に密着して、抱き着いている形になっている。俺の生殺与奪権をにぎっている美由紀。その美由紀が、無防備にカラダをあずけてくる。拘束されてるとはいえ、ここまで近いと美由紀をケガくらいはさせられる。その事実が、俺の警戒心と恐怖を溶かしていく。


 それに加え、押しつぶされている胸の肉感。滑らかな肌と汗の感触。鼻から入り込んできて俺の脳内を侵食していく甘い吐息。これも美由紀の拷問の一種、色仕掛けなんじゃないのかと思いつつ、美由紀に尋ねる。


「さっき、俺を『あの子』から守りたいって言ってたが……」


 美由紀はそれには答えずに、さらに密着してきた。


「固くなってる。カラダは正直だってこと。私が言った通りね」

「仕方ないだろ? 裸で密着しているんだからな。そんなことをいうなら、俺を自由にしてくれ」


 美由紀が、その俺自信に触れた。瞬間、その刺激に背筋が震える。


「したい?」


 美由紀は、短く、端的に尋ねてきた。


「私のモノになるとかそうでないとかをのぞいて、したいならしてもいいけど」

「しない。むしろ、のどが渇いた」

「毒入りのホットミルクを飲まされていて、飲み物を欲しがるのね」

「今の俺はお前の手のひらの上だ。昏睡させられても犯されても、抵抗できない。だから俺は要望を伝えるのみ。ほんとうに、のどが渇いた」

「わかったわ」


 美由紀は起き上がって、横にあるテーブルからペットボトルを取り上げた。それからそのふたを開けて、まずは自分でごくごくとのどを潤した。のどがかわいたという俺の脇で、その俺を無視して水を飲む美由紀。拘束されていることもあいまって、皮肉の一つも言いたくなっていってやった。


「俺がのどが渇いたんだが……」

「そうね。だからまずは毒見を」

「ホットミルクには入れたからな」

「悪かったと反省しているわ」


 言い終わると、美由紀はその水を口に含んで、俺に口移しをしてきた。水が口内に入って、のどに流れていく。ただし、量が少ないので、渇きは言えなかった。


「もっとごくごく飲みたいんだが」

「これはただ私がしてみたかっただけ。あの四人とは、セ〇クスはしても、こういうことはしてないでしょ」


 美由紀は嬉しそうに笑う。そのあとで、俺の口にペットボトルをあてて、存分に水を飲ませてくれた。


「飲んだら、トイレに行きたくなった。いいかげん、自由にして欲しいんだが……」


 俺が続けて言うと、美由紀がひどいセリフを返してきた。


「要望が多い捕虜さんだこと。そのまましてもかわまないわよ」

「めちゃくちゃ……言うなよ」

「あの四人の前ではそんなプレイはしたことないでしょ。私は、ご要望にお応えするわ」

「お前、ヘンタイ……なのか?」

「そうかもね」


 美由紀は笑ってから、手に持っていた空のペットボトルで、丁寧に処理してくれた。それからまた美由紀は、俺の上に寝そべる。


「なんかこうしてると、落ち着くわ。興奮する、じゃなくて、落ち着くの」


 夜。どこかの家屋の一部屋に拘束されている。時間はわかない。いつのまにか、乱暴されるという恐怖は消えていた。


 不思議な時間が過ぎていく。美由紀は、俺を拘束しながら、もう乱暴はしないという。その美由紀に、俺に対する害意があるとは、もはや思わない。


 裸の俺の上に、裸の美由紀が寝ている。俺も、押し寄せてくる疲れに押されて、再び、目をつむった。

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