第3章 転校生来襲編(第26話~第32話)

第26話 周防美由紀 その1

周防美由紀すぼうみゆきです。よろしくお願いします」


 眼前の檀上で、紹介された転校生が丁寧に腰を追ってお辞儀をした。俺の第一印象は、絶世のクールビューティー。流れるように長いストレートロングの黒髪に乱れはなく、その整った面立ちや体形と合わせて、美そのものを形作っている。


 ただ。美しい、とんでもなく美しい人なんだけど、どこか冷めているというか落ち着きはらっているというか冷たい印象があって、そこがクールビューティ―と評した理由になっている。


「周防。あの席を使ってくれ」

「はい。わかりました」


 先生の言葉に従って、教室最後尾の席に歩いていく周防さん。と、こちらにチラと目を向けてきて……。


 え? 笑った? 気のせい……だよな、間違いなく。


 口端が少しだけ緩んだように見えたんだが、気のせいだろうと流した。確かに俺は、たまたまこの学園の四大美花に愛されてはいるが、イケメンでもなんでもない。男性を求めるなら、クラス内に限っても俺みたいなモブじゃなくてイケメンはいっぱいいる。


 すみませんでした授業を始めてくださいという周防さんの声が後方から美麗に響いて、ホームルームの続きが始まるのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 そののち数日を経ずして、転校してきた周防さんの話題は学園中を席巻した。


「五大美花とか? いや、あれは四大美花よりも一段上だろ?」

「俺、姫様が一番好きだったんだけど……」

「宗旨替えかよ。スマホの壁紙、澪さんから変えんなよ」

「あの冷たいカンジがなんとも言えず……。踏んでほしい……」

「そりゃお前だけ。俺は押し倒したい」


 などという男子生徒の噂話が聞こえてきて、転校間もないというのに声をかける男子は数知れず。


 あれだけの美人さんならお相手のイケメン男子には困らないだろう。しかし、それら男子の求愛に答える素振りは微塵もなく、自分から妊活の一環として声をかけることも一切ない。


「美人さんなので警戒していたのですが……。晴斗さまに声をかける様子もないので安心いたしました」

「本人がマンゾクならオトコに興味なくてもいいっしょ!」

「この時代に不思議な子もいたものよね」

「人それぞれだと思います。お義兄さまをおとしめる意図はかけらもありませんが、全員が全員お義兄さまに興味があるというのは、私たちのひいき目かもしれません」


 俺たちは周防さんに対してそんな会話を交わしつつ。いつの間にか男子には冷たい「氷姫」様というあだ名が学園にも定着して、無理なものは無理だと声をかけるイケメンも減り……。


 転入から一週間で、熱波のような空気だったものがあっという間に落ち着いてしまった。俺には澪たちがいるから特に興味もなく他人事のように傍観していたのだが、一日の授業が終わって日直の仕事を終えクラスから出ようとしたときに、その氷姫、周防さんに声をかけられたのだ。


「晴斗君……ね?」

「え? 周防……さん? 何か……ごようですか?」


 男子に声をかけることなどないという話の周防さん。その周防さんに声をかけられて、俺は戸惑うというか、少し困惑する。日直だったので、出席簿を見せてほしいのだと想像したところに、思ってもみなかったセリフをぶつけられて混乱は頂点に達した。


「私と付き合わない? 友達としてではなく、男と女の関係として」


 俺を見つめてくる周防さん。容姿端麗。冷静沈着。落ち着き払っているのだが、その目に野望のきらめきみたいなものが宿っている。


「え? 俺と……ですか? 周防さん?」

「ええそう。あと、周防さんというのをやめて。澪さんやナナミさんのように、美由紀と呼んで」

「美由紀……さん?」

「合格。あと、自分を卑下するのもやめて。声をかけている私を馬鹿にされている、私が男を見る目がないといわれているようで、不愉快だわ」

「すみません」


 言ってから、すみませんと卑下してしまったと、舌を打つ。そんな俺に、美由紀は自分のペースを崩す様子もなく続けてきた。


「学園での噂は聞いていたわ。だから、大したこともない男を振る一方で、晴斗君のことはずっとみてたわ」

「俺のことを……ですか?」

「そう。裏サイトのアーカイブは全て見たし、澪さんのNOTEとサリーさんの裏垢も確認した。その上で、本物を確認したのだけど……。会話は丁寧で相手を慮るし、学園の四大美花と付き合っているというのに偉そうにすることもない。他人を見下さず、女性をリスペクトして、自分の幸せも無為にはしない。控えめに言って、こんな男はめったにいないわ」


 ほめ過ぎだろ? とは正直思ったが、それをセリフにするのは美由紀の見る目を馬鹿にしていることになるので、言わないでおいた。美由紀は、他に類を見ないほどの美女で、俺自身を評価してくれるのは嬉しいが、俺には大切な女の子たちがいるので、正直に答えた。


「美由紀さんのことは嫌いじゃない。男として惹かれもする。だけど俺には好きで大切にしたくて幸せにしたい女の子たちがいるから……」


 言い終わる前に、いきなり口をふさがれた。あっと言う間に、美由紀の舌が俺の口内に入り込んできて、蹂躙される。その軟体は口腔をはい回り絡みついてきて、唾液がまじりあうくちゅくちゅという音が、イヤらしく教室に響く。


 三分ほどだろうか。美由紀は存分に堪能したという様子で、なすがままになっていた俺から口を離した。


「女性をぐいぐい引っ張っていく力強さには欠けるけど、その流され具合も『あの子』と波長が合ったのね」


 俺の目を、その瞳で射貫きながら、わからない言葉を言い放つ美由紀。俺の襟元をつかみ上げ、またキスをするというような体勢から言い放ってきた。


「私の物になりなさい、三河晴斗」

「俺には……。澪たちがいるから、それは……できない」


 喉を締め上げられながら、何とか言葉を絞り出す。どうなるのかと思いきや、美由紀はあっけなく俺を離して、ポンポンと自分の乱れていた身なりを整える。「そう。晴斗の気持ちはわかったわ」と、くるりと背を向け……。そのまま歩き出し、去っていくと思いきや、振り向いてきて……。


「でも私はそんな晴斗を手に入れたいの。どんな手を使っても手に入れるから、覚悟しておきなさい」


 言い残して、まっすぐな黒髪を揺らしながら教室を出ていった。


 五分ほど、何が起こったのか……と呆然としていた俺だったのだが、やがて我に返って、どこが男には冷たい氷姫なんだ! と胸中でひとりごちた。冷静沈着、温厚篤実な氷姫のその実態は、どろどろとした熱い欲望のマグマをため込んだ、エゴの塊だったのだ。


 周囲を見回して、だれもいないことを確認して安堵する。こんな場面を見られていたら、澪たちにどう言い訳してよいのかわからない。俺に隙があったからなんだが、美由紀の不意打ちというか、急襲であることには違いない。


 ここ最近、澪やナナミたちとうまくいっていたことで油断していたのかもしれない。また一つ、大きな問題を抱え込んでしまったと、鬱になってしまいそうな放課後の教室なのであった。

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