第25話 円卓会議 解決編


「ぜんぜんみんな、我慢できてないじゃない!」


 日曜日の文芸部室で、ナナミが澪たちに言い放った。バンっと、目の前の丸テーブルをたたいて、苛立ちをあらわにする。


「みんなで決めたことでしょ。私や沙夜ちゃんがバカみたいじゃない?」


 じろりと見やるナナミに、澪とサリーは反省の色。


「条約破ってパンツとか、あまつさえ保健室のベッドでとか、自分のことしか考えてないじゃない!」

「…………」

「…………」


 澪とサリーは、そのあとに続くナナミの叱責に黙って耐えている様子だったが、さすがにこらえかねたのか、「お言葉ですがひとつだけ……」と澪が異を唱えだした。


「もちろん私とサリーさんに落ち度があります。申し訳なく思っております。ですが、ナナミさんと沙夜さんは、晴斗さまと同居されているというアドバンテージをお忘れではないのでしょうか?」

「……っていうと?」


 ナナミが、澪の反論が気に入らないという様子ながら、その先をうながす。澪は、すらすらと言葉を並べ立て始めた。


「晴斗さまの匂い。晴斗さまの香り。晴斗さまの気配。晴斗さまのオーラ。それら晴斗さま成分を存分に浴びて吸収しているからこそ、心身ともに満たされて穏やかな生活が遅れるのではないでしょうか?」

「よくわからないけど、なにがいいたいの?」

「酷い言い方で申し訳ないのですが、そもそも不意打ちのような形で夫婦になり、幼馴染という立場を利用して晴斗さまと同居にまで持ち込むのは、一方的すぎるのではないでしょうか?」

「私が悪いっていうの!!」


 ナナミがついに切れた。口角泡を飛ばして、澪に反応する。


「私を悪者にしたいのね!!」

「そうは申しておりません。置かれた状況を無視して、私とナナミさんを同列に扱うのは不平等なのではないでしょうか、というお話しです」

「つまり、何が言いたいの?」

「私が我慢できないのは、晴斗さまと同居していないせいだともいえます。なので、私も晴斗さまと同居いたします。なんなら、この港南市内にマンションの一室を用意してもかまいません。今の世の中では、ごく普通の男女の同居の在り方だと思います」

「それは……」


 ナナミが、澪の提案に押されて黙り込んだ。こぶしを握り締め、ぎりぎりと葉を鳴らしてなんとか澪への対抗法を模索している様子。そのナナミが、ばっと俺に向き直って言い放ってきた。


「そもそもみんな晴斗が悪い! エコひいきをしたりするから!」

「俺か!?」


 いきなり飛んできた攻撃に俺は慌てたが、ナナミは言葉を止めない。


「私たちみんなを愛で満たしなさいってコト。エコひいきとか、えりごのみとかしないで!」

「俺にだって、その場の気分くらいはある!」

「そんなの関係ないから! 女性をわけへだてなく愛するのは男の義務だから!」

「たしかに澪もナナミもサリーも沙夜ちゃんも、みんな好きだけど、でもさ!」


 ナナミに責め立てられながらも、さすがにナナミは言い過ぎだと思って反論した。


「例えば、今日は澪がいいなとか、ナナミが恋しいなとか、そういう気分くらいはあるだろ。そもそも恋愛って自由だし、そういう自由を最大限に尊重するのがこの世界のいいところなんじゃないのか? だから男も女も複数人相手に付き合っていいわけだし、付き合う以上は互いをリスペクトしないと始まらない。ナナミのことは好きだし悪口を言いたくはないが、今のナナミからはみんなへのリスペクトを感じない」

「…………」


 長文での反論に、ナナミが黙り込んだ。さすがに言葉が強すぎたと思ったのか、そのナナミは黙って下を向く。「ごめんなさい」と小さい声が聞こえ、今まで黙っていたサリーがそのナナミに聞いてきた。


「ナナミさんってさ、ホワイトリリー?」

「なんだ、そのホワイトなんとかっての?」

「女性至上主義者のことよ」


 俺の質問に、ナナミが答えてきた。


「男は女のカラダもココロも満たす義務があるっていう、過激派。男はそのモノを提供して、女に注ぎ込んで喜ばせて満足させろっていう、男の人権無視のカルト集団。そういう人たちもいるってだけで、私はそうじゃないけど」

「そもそもみんな、妊娠できればいいって話だったんじゃないのか?」

「最初はそうだった。今でも、大事な目的の一つよ。でももう、そんな段階はとうに過ぎてるの」

「というと?」


 俺がたずねると、ナナミは大真面目な顔をして、言ってきた。


「晴斗を独占したいって気持ちを、たぶんみんなもってる。でもそんなことを要求して、もし選ばれなかったらどうするの? 晴斗との関係がおじゃんになって、それに耐えられるの?」

「…………」

「…………」

「…………」


 ナナミの指摘に、残りの三人は答えなかった。複数人と付き合うのがOKという世界じゃなかったら、俺はだれか一人を選ぶ立場なんだろう。その場合、残りの三人にはあきらめてもらうほかはない。


「私たちにはリスクがあるの。言葉に出したくないけど、お互いにお互いをけん制して、微妙なバランスの上に立ってるの。勝確じゃないと、晴斗を独占しようとして動くのは危ういの」


 ナナミの率直な言葉に、場は静まってみんな黙り込んだ。それぞれの顔に笑みはなく、沙夜ちゃんまでもが硬い表情をしている。その場の沈黙を破ったのは、他でもない、俺だった。


「わかった」


 その声に、みんなが同時に俺を見る。


「ローテーションは維持しよう。澪も、サリー&沙夜ちゃんも、ナナミも、のけ者とかエコひいきなしで。ただ、ペースは落としてほしい。少しだけでいいから、抑えて欲しい」

「それって……」


 じっと俺を見つめてくるナナミに、俺ははっきりと答えた。


「現状維持で、俺は四人を愛する。みんなの心も身体も満たすように努力する。それは、みんなのためというより、俺がみんなのことが好きだから。もちろん、誰か一人を選びたくなったら、俺も人間だからその子とだけ恋人になるが……。いまは、みんなが同じくらいに好きだから」


 ナナミが、驚いたという表情をみせた。その曇っていた顔に、明るさが戻る。俺はそのナナミの変化を見届けてから、他の子につげる。


「サリーも澪も、我慢するところは我慢してくれ」

「わかった」

「わかりました、晴斗さま」

「あと、解決のためにもう一点。可能ならば同居しよう。俺と澪たちと、全員でだ」


 その俺のセリフに、澪たち全員が目を見開いた。驚いた、予想していなかったという反応が返ってくる。


「それは……。言い出しっぺの私は大歓迎なのですが、サリーさんたちの都合はいかがなのでしょうか? 各家庭、いろいろあるのではないでしょうか?」

「アタシんちは大丈夫。両親、一般的な人たちだから」

「まあ仕方なし、か。私は晴斗の妻だから、普通に転居するだけ」

「お父さまたちには私から話をしておきましょう」


 三人から返答が返ってきて、俺もよし! と気持ちを固める。


「なら申し訳ないが、澪。この街にくわしいし、物件を探すの手伝って欲しい。国からの補助金内で済む、手ごろなヤツ」

「了解いたしました。きまり、ですね」

「きまりかも」

「ヤタ! 晴斗センパイと同棲! きまりっしょ!」

「はい。そうですね」


 四人、見合って、たがいに笑みを交わす。いつ以来になるだろうか。この子たちが笑いあったのは。


 澪とサリーとナナミと沙夜ちゃんと。不思議な縁で結ばれた女の子たちなんだけど、俺はこの子たちを幸せにしたい、しなくちゃいけないと胸の中で拳をにぎった。


 最初はほとんどカラダ目的の接触だったけど、つきあっていくうちにその人となりを知って、大好きになってしまった。この子たちの泣く顔は見たくない。それが俺の今の偽りのない本心だ。自信をもってそういえる、澪たちとの円卓会議なのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 そしてその後の結論からいうと、澪が駅前にタワーマンションに一室を用意して、俺たち五人で住むことになった。三十二階建ての最上階の部屋で、7LDK。各面々には個室が用意され、プライバシーも保たれるという身の入れよう。妊活に使うからと言ったら、この街の大地主でもある澪の両親が用意してくれたらしい。


 これで当座は問題解決した。俺たち四人は、微妙なバランスの上とはいえ、とりあえずは波乱なくすごしていくことになったのだ。


「夕食、うな重にして欲しいんだけど」

「唐突にどういたしましたか、サリーさん?」

「今日はアタシと沙夜の番。だから晴斗センパイには精のつくものをって思っただけ」

「いいんじゃない? うな重と肝吸い、久しぶりに食べたいかも?」

「わかりました。では、今日は鰻にいたしましょう」


 今日も四人で下校しながらおしゃべりを交わす。各々、心に秘めている想いはあるだろうが、お互いにお互いを尊重できるようになったと思う。色々ごちゃごちゃやったのだが、その意味はあったのだと、上に広がっている青空を見ながら胸中でかみしめる俺なのであった。



 次回 第三章に続きます

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