第8話 義妹沙夜 その1
翌日の朝。二日ぶりの混乱のない平和な目覚めに、ほっと一息つく。近所の幼馴染であるナナミの襲撃はなく、沙夜ちゃんが優しく起こしにきてくれた。ただ、その沙夜ちゃんはスケスケのネグリジェのまま、家の中を歩き回っているのではあるが。
朝から騒動を起こすのが嫌だったので、沙夜ちゃんには申し訳なかったが、一人で逃げ出すように家を出た。ナナミと鉢合わせしないように慎重に学園に向かう。
教室にたどり着いて、澪の、昨日のサリーとの対峙を感じさせない「おはようございます、晴斗さま」というにこやかな挨拶を受ける。平穏な日常の喜びをかみしめながら、特別な問題もなく、その流れのまま放課後になったのであった。
◇◇◇◇◇◇
「ここが、私が部長を務めている文芸部の部室です」
場所は、部室棟の二階にある一室の前。澪に、「すみません。少々お付き合いください」と教室で声をかけられ、ここにまで連れてこられたのだ。俺は疑問だったので、たずねてみた。
「この学園に文芸部なんてあったのか?」
「私が作りました。部員は、部長の私と晴斗さまだけです」
「俺、入ってないんだけど」
その俺の異議を無視して、澪はガラリと横滑りの扉を開いた。
「はい。どうぞお入りください」
「まあ、別に小説とか興味ないけど、帰宅部だから入部でもいいんだが……」
言いながら中に足を踏み入れて、室内の装飾に啞然としてしまった。壁は、淡いピンクのカーテンに覆われていて、中央に大きなベッドが鎮座している。上品なテーブルに、お茶が飲めるキッチンコーナーもあって、さながらホテルのスイートルームのような造りになっている。
「これ……。文芸部……なのか?」
「『私と晴斗さま』の文芸部です。なんでこの文芸部を用意していたか、わかりますか?」
「用意して、いた?」
「はい。一日や二日でこれだけの部屋は作れません。以前から晴斗さまのことを念頭に置いて、準備していたのです」
「ここ……。小説とか読む場所じゃ……ないよな?」
「溺愛小説など嫌いではありませんが、私は現実に溺愛されたいのです。つまり……」
澪も中に入り、扉をしめて俺の前に立つ。それから、俺の首に腕を回して、ほんのりと上気している顔で見つめてきた。
「ここは、私と晴斗さまが子作りをする愛の巣の一つです。ここならば、誰にも邪魔されることはありません。さあ、いたしましょう」
「え!? ここでするのか!?」
「はい♡。今日から放課後はここに入り浸ります。背徳的で興奮いたしますね♡」
「入り浸るって……。さすがに部室の中でするのは……」
「晴斗さま。昨日は、私の相手をしてくださらなかったではないですか?」
「昨日って、サリー……のことか?」
「他の女の名前を出さないでください。『澪』と、私の名前を耳元でささやいてください。私……もう先ほどから、居ても立っても居られないくらい濡れていまして……。我慢ももう、限界です」
澪が目をつむった。そして、柔らかそうな唇を微かに開いて、俺に近づけてくる。突然のことに俺は困惑もしたが、澪の甘く熱い吐息の匂いに誘われてそのまま澪と唇を……という場面で、部室の扉がガラリと開いた。
水を浴びせられて、俺と澪が同時にそちらの方を向く。と、なんと昨日俺たちの前に現れたロリギャル、和泉サリーが立っていたのであった。
「チャース。ここが文芸部? いるじゃん、晴斗センパイ。取り込み中だった? アタシもここに入るから。はいこれ、入部届」
サリーが、澪に紙を差し出してくる。澪はそれを受け取りながらふてくされた顔。
「入部など認めません。部外者は回れ右をしてお帰りください」
「私の届け、受け取ったっしょ。そもそも学校に届け出た部なら、入るのはアタシの自由だし。二人でする所だったみたいだけど、アタシと晴斗センパイもこのラブホテル、使わせてもらうから」
澪は、むぅと頬を膨らませて不満がつのるという様子。サリーを無視して、再び俺に顔を近づけてきた。
「サリーさんは放っておいて、続きをいたしましょう」
「サリーが見てるだろ!?」
「私は全然全く気にしませんが。というより、裏サイトに私と晴斗さまの交情の動画をアップしておりますので、いまさらという感じではありますが」
「アップしてるって、マジ?」
「はい。ネットで自分と殿方の愛の交流を披露するのは、女性の挨拶みたいなものなので」
「さすがにそれは……」
この世界の狂った常識にあっけにとられる俺だったが、澪が再びその顔を近づけてきた。サリーがいることで、先ほどたかぶった熱はすでに覚めてしまっている。
「センパイ。本番は、澪センパイの後に
私とだから。テキトーにちゃっちゃとすましちゃって」
「晴斗さま。手抜きなどなさらずに全力でお願いいたします」
そんなサリーと澪の言葉が耳に届き……。このまま澪と口を重ねてしまうのか、と躊躇しているときに、再び扉が静かに開く。
「お義兄さま。澪先輩。おじゃまいたします。私もここに入部することにいたしました」
義妹の沙夜ちゃんが現れて、俺に対してにっこりと微笑んだのであった。
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