第7話 和泉サリー その3

 サリーに連れられて最初に訪れたのは保健室だった。中に入ると保健医の先生は留守だったのだが、三つ並んでいるベッドはみなカーテンで仕切られている。中から、男女の甘いあえぎのようなものが響いてきて……。サリーは無言で中をのぞきこみ、「ダメ。みんな使用中」とだけ言い捨てて、すたすたと保健室から出て行った。


 そのあとたずねたのは、体育館裏だ。そこでは、スクール水着の女の子と体操服の男子が密会していていい雰囲気。邪魔するのもためらわれ、しぶしぶそこを後にする俺たち。「じゃまくさ!」と捨て台詞を残したサリーは、だんだんと不機嫌になっていく。


 焼却炉付近。女子生徒二人が濃厚なベロチューをしていて、ねっとりと舌を絡めていた。互いの制服に手をかけ、はだけだす。俺たちが来たことなどお構いなしの様子に、ただただ圧倒されるばかり。


 さらに、そこから進んで木立の中に入り込むと……。今度は留守にしていた保健の女性教諭と小柄な男子生徒が……その、なんというかハッスル中。「いい加減にしてよ!」と言葉をたたきつけて、すごすごと引き下がるしかない俺たちなのであった。


 俺とサリーは校舎に戻って廊下を進む。苛立たしくてたまらないという声音で、サリーが声をぶちまけた。


「ああもう! なんでどこも人がいるのよ!」

「この学園って、人目につかない場所ってどこも……こんななのか?」


 俺は、サリーにたずねてみた。サリーがうめきながら、答えてくる。


「いつもはどこかしら空いてるんだけど。今日は間が悪いというか、なんというか」


 そのサリー。苦虫をかみつぶしながら、焦れが頂点に達している様子。と、いきなりサリーが俺の手をつかんで駆けだした。あれよあれよという間に廊下の角に達し、俺を連れて男子トイレに飛び込んだ。


 立って用を足していた男子生徒三人が、慌ててトイレから逃げ出していく。その勢いのまま、個室に押し込まれた。サリーはその扉を閉めて後ろ手に鍵をかけ、俺が洋式の椅子に座って二人は顔を突き合わせる形になったのだった。


 先に対峙を打ち破ったのは俺だった。


「なんでそんなに焦ってるんだ。慌てすぎだろ、いくらなんでも」

「もうアタシ、今までのストレスで精神消耗してて、いっぱいいっぱいなの!」


 ギリギリと歯を鳴らしながら、サリーが言い放ってきた。


「アタシの家、わりとけっこうガチャ当たりの両親で。二人ともギャルのアタシに期待かけてくれてて。だからアタシも優しくしてくれる両親にためにもって、ガンバってたんだけど……」

「相手しないとは言ってないんだから、こんなところに連れ込まななくても、明日でも明後日でもゆっくりできるホテルで……」


 と、今まで強気で俺を連れまわしていたサリーが、急にうつむく。それから、しばらく黙り込んだ後、ぽつりとこぼすように漏らしてきた。


「アタシ……もう、ダメなの……かな……」

「え……?」


 俺はそのサリーの変化がわからない。サリーが苦しい胸の内を、吐き出すように吐露してくる。


「もう何年も苦しくて、ここ一ヵ月はまともに眠れない夜が続いてて……」

「サリー……」

「気持ちばかり焦ってどうにもならなくて、頭ぐちゃぐちゃになって、こんなに苦しいならいっそのことって……頭に浮かんで……」

「…………」


 ぽたぽたと、サリーの涙が、床にこぼれ落ちた。

 サリーが顔を上げると、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。


「色々ガンバってきたんだけど……わたしぃ、もぅ、ダメなのかなぁ……」


 最後は言葉にならなかった。澪との対決の時の強気が嘘の様に、ただただ、ひっくひっくと泣きじゃくる。


 弱々しく、捨てられて泣いている子猫のようなサリーを見て、俺は胸がつぶれるような想いにかられた。


 正直、サリーの気持ちはわからない。まだJKという年で、妊活が上手くいかないということがそれほど大変なことだというこの世界に、馴染めていない。だが、サリーの気持ちは痛い程伝わってきた。だから、目の前のサリーをぎゅっと抱きしめた。


 サリーが身を震わす。そして、そのカラダとココロの寒さを温めてと言わんばかりに強く、強く、俺に抱き着いてくる。


「晴斗センパイ……。抱いて、くれますか?」


 涙目で俺を見つめてくるサリー。その顔は鼻水と涙でぐちゃぐちゃだったが、美しくて魅力的で、俺の中の男をそそり立たせるような淫靡さも持ち合わせていて……。


「ああ。抱く。今すぐに抱くから」

「晴斗……センパイ。アタシのこと、めちゃくちゃにしてください。不安も恐怖もイヤはことなにもかも、忘れさせてください」


 俺たち二人は見つめ合い、そしてどちらからともなく口を重ねた。そのまま舌を絡めながら、互いのカラダにおぼれていく俺たちなのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



「うん! 気持ちが晴れた! 今まで悩んできたことが吹き飛んだ感じ!」


 トイレから出て、開口一番、サリーは大きく伸びをした。顔は晴れ晴れ。すっきりとした笑みを浮かべていて、その足取りも軽やかだ。


「ぐちゃぐちゃだった顔も、きれいに乾いたな」

「うん! 下の方はまだ乾いてないけど。てへ♡」


 下ネタを言うくらいには精神が回復したようでなにより。そのサリーが、俺の顔を隣からのぞき込んでくる。


「センパイ。一度でデキるかどうかってまだわからないから、このまま妊活に協力してもらうからね」

「さすがにそれは、ちょっと……。やっておいてなんだが、澪にも申し訳ないという気持ちもあるし……」

「私、気持ちよかったでしょ? 私ともっとすごいこと、したいでしょ?」

「それは……。どういったらいいか……」

「嘘ついてもダメ。顔に出てるから」


 確かにサリーの言う通り、経験値が極めて少ない俺(サリー以外には、澪とだけ)。優しくリードしてもらいながら、最終的にはそのサリーを征服したいという本能のおもむくまま、激しく攻め立ててしまった。天にも昇るほどの興奮と快楽だったのには違いなく、今ではサリーを可愛いと思っているのを騙せないなと思いつつ……。


「気が向いたらな」

「やた! じゃあ決まり! 次の日時は……」


 小首をかしげながら、唇に指をあてて考えているという様子のサリーさん。綺麗なピンク色の唇を舌で濡らしながら、楽しみで仕方がないという、小悪魔な微笑みを浮かべている。


「アタシね、澪センパイが晴斗センパイとしかヤらないっていうの、アホじゃないかって思ってたけど、今ならその気持ちがわかる気がするんだ」


 もう、時間は午後の五時間目が終わりかけている。腕を組んでくるサリーと、誰もいない廊下を歩きながらの、授業時間中なのであった。


==========

次回 義妹沙夜 その1

もしよろしければ★1だけでも頂ければメチャクチャ励みになります。よろしくお願いしたく……お願いいたします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る