第5話 和泉サリー その1
おそるおそる家の玄関を開けると、なんと、両親が出迎えて俺を褒めたたえてくれた。朝帰りとはよくやった晴斗。お前は家にこもって勉強ばかりの不良だったが、やればできる子だって私たちは信じていたんだ、と。
そのあと沙夜ちゃんが、お風呂の準備は出来ておりますと、優しく俺を浴室にまで案内してくれた。いつもの思いやりに溢れた沙夜ちゃんだったのだが、よくよく見ると目が笑ってなかった。
俺は、うながされるままにシャワーを浴びてから朝食をいただく(なぜかお赤飯が出てきた)。再び家を出てクラスにまでたどりつくと、二時間前に肌を合わせていた澪がすでに先に来ていたのだった。
「おはようございます、晴斗『さま』」
澪は、気力体力精神力、全て満タンという輝くさま。いつにもまして笑顔がまぶしく、女性らしい繊細なカラダのどこからこれ程のエネルギーがわいてくるのか、さっぱり理解できない。さらには、その晴斗『さま』という普段とは少しだけ違う挨拶に、教室がざわわとなびく。
「おい。姫様、いつもと違くね?」
「そうか? モブにも陰キャにも優しいのが姫様だろ?」
「お前はあの熱いまなざしがいつもの同じに見えんのか? 眼科いけ」
「確かにそれはそうだが……。まさか姫様と晴斗に限ってそんなこと……がありえるのか?」
上は、男子生徒の会話。ちなみに旧家の澪は、学園の男子には『姫様』と呼ばれていたりする。
「ねぇ。裏サイトみた?」
「みてないけど……。なんかあったの?」
「澪さんの書き込みがあって。なんとついに、想いの相手と結ばれたとかなんとか」
「その相手ってもしかして!」
「そう! あの、ものすごいらしいって噂の……晴斗君!」
「キャーッ!! 動画、アップされてた?」
「よだれふきなよ」
「晴斗君、難攻不落って話だったけど、いけるじゃん! 私もアタックしてみようって、やる気湧いてきた!」
これが、ひそひそ声なのでだいぶ細部はアヤシイが、女生徒たちの大まかな会話だったりする。やがて予鈴がなり、教室に担任が入ってくる。わいわいとにぎわしかった教室もみんなが籍について静かになり、朝のホームルームが始まるのであった。
◇◇◇◇◇◇
それから昼休みになるまでは、格別なことは特になかった。澪は普段通りに俺に接してきて、特段の変化はないように思える。呼びかけが晴斗『さま』に変わったこと以外には。
やがてチャイムがなり、昼休みに突入する。と、今までは遠巻きに見ていた女子達がわいわいと俺に近寄ってきて、澪との関係について質問攻めにしてきた。さすがに居心地が悪くなって、俺は教室から廊下に飛び出した。
逃げてきたのはいいものの、行く当てもないので、廊下をぶらつく。昼食、どうしようかと考えていた時に、「センパイ」と俺を呼ぶ声が聞こえてそちらを見やった。
金髪ツインテールの、ギャルが立っていた。見えそうなくらいスカートが短くて、耳にはイアリングをしている。手を見ると、きちんとネイルが施され、下品でないくらいに薄っすらと化粧をしているのがはっきりとわかる。
ただ、まごうかたなき立派な美少女ギャルなのだが……一点だけ。背丈というか体格が小さくて、小学校高学年程度にしか見えない。わかりやすく言うと、金髪ロリギャルという言葉が一番近いだろうか。その金髪ロリギャルが口を開いた。
「センパイ、アタシとちょっと付き合ってくれない?」
「今から? これから昼メシ、たべなきゃならないんだが……」
「そんなに時間かからないから。あ、アタシは
サリーがニッコリと微笑んでウインクしてきた。あ、ああ……と俺も挨拶を返すが、突然現れたロリギャルに、戸惑いは隠せない。
「センパイ、みんなに狙われてるっしょ。実は、アタシも狙ってたからきたんだけど」
「え? 俺、狙われてる?」
「うんそう。裏サイトで話題だからね。学園アイドルの澪センパイがはしゃいでるのが他の子にも火をつけちゃって、アタシも早くしないとあぶれるって、焦って声かけたわけ」
澪がはしゃいでいる? 他の子に火? サリーの言っていることがよくわからない。朝来たときに女生徒達がなにやらそれらしい話をしていたので、裏サイトとやらに俺の知らない書き込みがあるのだろう。と、サリーが続けて、突っ込んだ話を俺に向けてきた。
「アタシ、こう見えても将来の事を考えて、中学の頃からけっこう真面目に妊活に励んできたんだけど……」
「ビ、ビッチ?」
「え? なにそのビッチって?」
「淫乱で男好きな女の子を馬鹿にする言葉なんでけど……。ほんとうに意味……わからないの?」
「淫乱で男好きなんて、すっごいホメ言葉じゃん! なんでそれでバカにすんの?」
サリーはきょとんとして、ほんとうに意味が分からないという様子だ。そのサリーが改めて続けてきた。
「ハナシもとにもどすんだけど、ガンバってるのにぜんぜん妊娠しないで。病院にも行ったんだけど身体には何の問題もないって結論で……」
「その年で妊娠したら大変じゃん! 避妊した方がいいから!……と思ったけど、この世界では違うのか……」
俺は改めて目の前のサリーを見る。この世界は違うんだなぁと、再度確認させられる。
「そんなときに、裏サイトで澪センパイのノロケ話が流れてきて……」
「なにやってんですか、澪さん!!」
「晴斗センパイは立派で優しくてたくましくて凄いって。もうそれはもう澪センパイ、熱病に浮かされたように書き込みをやめなくて。で、これだ! って思ったの。晴斗センパイが妊活方面で優秀だって噂は前から有名だったし、この流れに乗らない手はないんじゃないかって思い立って。だから……」
サリーは俺が悩みを解決する光だと言わんばかりに、両手を合わせてすがる態度で頼み込んできた。
「晴斗センパイ。私と一発ヤッて。お願い!」
「一発って……。サリーさんアナタねぇ……」
俺は戸惑いとか困惑というより、あきれた感に支配された。このロリギャルは真剣で深刻そうなんだが、どう返事したものやらと、ため息を吐く。その場面で、「晴斗さま」と背後から聞き覚えのある綺麗な声がして、俺は振り返った。心配そうな顔をして、胸に手を当てている澪が、そこに立っているのだった。
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