第4話 山城澪 その4
校舎を出てスロープを下り、中央公園脇から国道を進んで駅前に出る。それから繁華街に入り込んで、紫色の照明に照らされた中層ビルの前にたどり着いた。
ラブホテル。これぞ、ザ・ラブホテルというくらいテンプレートな外見だ。
「やっと、初体験です。私、ドキドキしています。行為そのものに対しても。子供作りという神聖で幸福な夢に対しても」
「いや、それは俺も同じで……」
ネオンサインに照らされた淫靡なホテルを前にして、俺は口内にたまっていた唾液をごくりと飲み込んだ。澪が俺の手を握ってきて、敏感になっていたカラダがビクンと反応する。
「駅前のイースティンホテルの最上階プレミアスイートで、とも考えたのですが、やはり初体験はこういうホテルでないと盛り上がりません!」
「そう……なの?」
「はい! いいですよね、ラブホテルって。男女の素敵な行為の為にだけ存在している秘密の場所。外見を見ているだけで……。その……。ムラムラします……」
最後の方は音量が尻すぼみになり、俺の手を握っている澪も、はにかんでいる様子。澪のその手も心なしか、汗ばんで熱を持っている。
「いきましょう。情熱と快楽のその先に、夢が待っています!」
澪はニッコリと微笑んでから、俺を引っ張って建物内に連れ込んだ。全くちゅうちょすることもなく部屋を選んで、意気揚々と中に入ったのだった。
中心に置かれた大きなベッドとピンクの色彩に、気持ちが自然と高鳴ってくる。というか、俺は既に興奮を押さえられなくて、心臓がドクンドクンと脈打っている。
「晴斗さん。先にシャワーを浴びてきてください」
澪の声音にうながされて、そのまま言われたとおりにシャワーを浴びる。浴室から出て、腰にタオルを巻いた姿でベッド淵に座ると、「じゃあ私も浴びてきますから」と入れ替わりに澪がシャワー室に入っていき……。待つこと十分。ぎぃと、その浴室の扉が開いて、身体に真っ白なバスタオルを巻いた澪が、いいお湯だったと髪を拭きながら出てきた。
バスタオルからはみ出している澪の白い手足に、自然と目がいく。ほんのりとピンク色に染まっている肌。さらにはその肌から湯気が立ち上っていて、見ているだけで心臓が脈打ち頭の天辺にまで血が上っていく。
澪が、すっと隣に座ってきた。そして、俺に密着しながら首に腕を絡めてくる。
「晴斗さん。私、落ち着いた様子に見えるでしょうが、カラダとココロは熱く火照ってもう我慢が効きません」
「はー、はー……」
昨日までは想像だにしていなかった事態に、俺は息を荒げるばかり。答えることも出来ないその俺に、澪は情欲に蕩けたまなこと半開きの唇を近づけてくる。
「一つ、聞いていいですか?」
本能が最後の理性を飲み込もうとしていたときに、澪がふと、眼前から問いかけてきた。
「私のこと、好きですか?」
「え、ええとそれは……」
「嫌いなのですか?」
「嫌い……じゃない。それは誓って、嫌いじゃない」
「なら、私と子づくりしてもいいくらいには好きで、愛していただけますか?」
「ああ。正直に言うと、好きとか嫌いとかよりクラスでずっと密かに憧れていて。今のこの状況に戸惑ってるというのが……本当のところで……」
「なら……」
澪は、その顔をニッコリとほころばせて、言い放ってきた。
「思いっきり、魂の全てを込めて交わりましょう。興奮して、楽しんで、情欲のある限り燃え上がりましょう」
「ええと、本当にもう一度確認するんだが、『ゴム?』とかつかわなくていいの……か?」
「避妊具ですか? 特殊性癖のマイノリティーの方は使うようですが、何のメリットがあるんですか? 気持ちよさが半減してしまいます」
澪が、さらに顔を近づけてきて、その甘い吐息が鼻から流れ込んで俺の脳髄と溶かしていく。
「その逞しいモノで、私をメスにしてください。たくさん……攻めてください、晴斗『さま』♡」
澪が、俺に口を絡めてきた。本能に支配された俺も、その澪と舌を絡め合う。俺は澪を押し倒すようにして、ベッドになだれ込んだのであった。
◇◇◇◇◇◇
「想像してなかったくらいすごかったです。それはもう、ものすごかったです。十回から先は、覚えておりません」
俺たちがホテルを後にしたのは翌朝だった。昇ったばかりの朝日が目にまぶしい。澪は、俺の腕にすがりつきながら、満足しきったという微笑みを浮かべていた。
「晴斗さま。愛してます。シングルマザーという地位を捨てて一緒になりたいくらいに、愛してます」
澪の笑みはその上がったばかりの太陽のよう。一点の曇りもなく、晴れに満ち満ちている。 下から、その笑顔で俺の顔をのぞき込んできた澪に、理性が戻った俺は頭を抱える。
「やってしまった……。性欲に流されて、学園のアイドルと無責任にもしてしまった……」
「晴斗さまが何を悩んでいるかが理解できません。二人目、三人目……。夢が膨らむじゃないですか。これからも、何度となくずっと一緒にしましょう、晴斗さま♡」
と、スマホがぶるると震えて、メッセージが飛び込んできた。確認すると、義妹の沙夜ちゃんから。そして幼馴染のナナミからのメッセで埋め尽くされている。家に連絡を入れるのを忘れたと、はたと気がつく。
疲労困憊になっている俺と、お肌の色もつやつやと輝いてエネルギー満タンと言った様子の澪は、学園に行く前にいったん家に帰ることにした。駅に向かって静まっている繁華街を進む。ビル群の隙間から朝の空を見上げると、青い空がどこまでも高く続いているのだった。
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