第3話 山城澪 その3

 クラスにまでやってきた。机に座り、教室にいる生徒たちに目を向ける。三々五々に分かれておしゃべりをしているその姿は、普段とかわりばえのないいつもの授業前にも思える。


 が、なんか……女生徒たちがちらほらと俺に目を向けてくる……ような気がして、しかもその視線が熱いように感じられて、ぶんぶんと頭を振る。


(ねーだろ。モブの俺を気にする女子なんているはずねーよな)


 そんなことを胸中でつぶやいて、疑問を振り払おうとしたとき、「おはようございます」と美麗な響きが耳に流れ込んできて、おもわずそちらを見てしまった。


 クラスの清涼剤、山城澪さんが扉から入ってくるところだった。流れる様な黒髪。艶やかで白い肌。綺麗な面立ちに加えて、ほのかに色づいた唇。膝上十センチという絶妙な位置の制服ミニスカートも、バッチリとその魅力を引き立てている。


 その澪が、俺の隣にまできて、いつもの様に丁寧な挨拶をしてきた。


「おはようございます、晴斗さん」

「あ、ああ。おはようございます」


 澪は俺に挨拶をし終えると、流麗な仕草で自分の席に座り、バッグからタブレット等を取り出して授業の準備を始める。陰キャでモブの俺にも分け隔てなく接してくれる、一凛の野に咲く白ユリ。それが澪であり、やっぱりこの人だけは何がどうあろうとまともだと、救われる思いともに心の中で感謝する。


 チャイムが鳴って一時間目の教師が入ってきた。おしゃべりをしていた生徒たちが席につき、教師が授業を開始する。


「では、一時間目の保健体育は、妊活の大まかな三種類の方法について……」


 先生が、いきなり突拍子もないことを講義し始めた。周囲を見ると、みな、真面目な様子で、ノートを取ったりしている。というか、授業表を確認した結果、保健体育とかビデオ鑑賞とかで埋め尽くされているんだが……。これ、マジ? いったい何がどうなってるの? 数学とか国語とか、どこいっちゃったのですか?


 そんな俺の疑問に答えるものもなく、一時間目の学校の授業が開始されるのであった。



 ◇◇◇◇◇◇



 昼休みになり、俺はスマホやパソコン室などで、ネット情報を調べてみた。朝からの異常な事態に加え、学園内を見聞きした情報と照らし合わせて、ここは俺がいたところとは別の世界線なのだと結論付けた。


 理由は全くわからない。だが俺は、若者が結婚しない世界から、子供を作るのが何よりも偉い世界に転移してしまったのだと認めざるを得なかったのだ。そうこうしているうちに、放課後になる。ピンク色の授業で埋め尽くされた一日に困惑困憊して、やっと帰れると思ったときに、不意に教室で澪に呼び止められた。


「晴斗さん。この後、少しよろしいですか?」

「あ、はい。ええと、何のご用件……」


 と、その澪と俺の間に、イケメン陽キャの甲斐君が割り込んできた。


「澪。そんなショボいゴミとなんか話してないで、俺と一発ヤろうぜ。孕ませてやるからよ」


「ショボいゴミ……」と、澪が甲斐君のセリフを小さく繰り返した。柔和な笑みを浮かべていた顔に、険しい色が宿る。その目が細く鋭くなり、澪は眼光一閃、甲斐君を射抜きながら言い放ったのだ。


「お言葉ですが、私にもお相手を選ぶ権利はございます。見かけだけ顔が整っているのをハンサムだと勘違いしているのは哀れではありませんか?」

「な……」


 甲斐君は澪の豹変ぶりに、二の句が継げない。俺も、あっけにとられて呆然と澪を見つめるばかり。


「あなたとお付き合いして別れた詩織さんも綾子さんも結衣さんも……その他の方諸々。自分勝手で優しくもなくただただ我が儘なあなたのことに愛想が尽きたと仰せになっておりますよ。子供が欲しいからとカラダを重ねてみても妊娠のにの字もなく、気持ちよいどころか苦痛ですらあると、裏サイトで知らないのはあなただけ」

「なっ……。て、てめえ……」


 言葉を浴びせかけられた甲斐君は、澪の前でぶるぶると震えている。驚きと、戸惑いと、怒りで、だろうか。


「みな、裏サイトにアップされたアナタの貧相なモノに、嘲笑を通り越して憐れみすら持っておりますよ。虚勢とプライドでイキるだけの哀れな自分を一度見つめ直してみることをお勧めいたします」

「い、言わせておけば……。ふ、ふざけてんのか、このメスが!」

「はっきり言われなければわかりませんが? 用がないといっているんです、チンカス野郎さん。女を満足も妊娠もさせられない、モノもココロも貧弱なハリボテのイケメン野郎には用がありません。とっととお引き取りください」

「てめえ!」


 甲斐君が澪さんに殴りかかってきた。慌てて、反射的に、俺は澪をかばう。甲斐君の腕が止まって、澪の前に出た俺をにらみつけてきた。背後から、澪の、「ああ、晴斗さま……♡」という吐息が、耳に届く。


「甲斐君。晴斗さんに手を出すようなら、私もただではおきません。私のファンの方々のネットワークを駆使して、この学園にいられなくしてさしあげます。追放です、追放!」

「お、覚えてやがれ! メスブタが!」

 

 甲斐君は、捨て台詞を吐いてから、教室を出ていく。背中が煤けていて、あれがイケメン陽キャで鳴らしていた甲斐君なのかと少しだけ哀れに思えたのだが、自業自得なのでそれ以上の同情はしない。


「さて。邪魔者はいなくなりました」


 澪が、仕切り直しとばかりに、俺に向き直ってきた。嬉しそうに頬を染めて、笑みを浮かべている澪との対面に心弾んで、俺も軽口をたたいてしまう。


「山城さん。わりと容赦なく残虐なんですね……」

「それは酷い言いようではありませんか? 晴斗さん」

「でも、甲斐君が黙って去ってくれて助かりました。山城さんが言っていた裏サイトというのは初耳で……」

「それについては、学園の殿方は知らない女子だけの秘密なのです。そこで殿方たちの情報を交換し合いながらお相手を見つけるというのが本来の趣旨でして」


 そこまで言ってから、澪がさらに顔を赤らめてうつむく。


「甲斐君のもそうなんですが、そのサイトに晴斗さんの、その……。モノを隠し撮りしてアップした女子がおりまして……」

「な……」

「そのモノの見栄えの威力に、女子は皆、メロメロで……」

「メロメロって……。なに、それ……」

「もちろん私はそればかりではなく晴斗さんの内面をお慕い申し上げているのですが」


 そして、覚悟を決めたとばかりに澪が顔を上げ、俺を見つめて言い放ったのだ。


「私を……孕ませてください!」


 呆然とする俺。それから、一流れの会話が続き、俺は澪と連れ立ってホテルに向かう事となったのであった。

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